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【取材ノート:今治】GK伊藤元太、故郷のピッチで勇気と存在感を大いに示す

2023年5月11日(木)


ミックスゾーンに現れたその口元は、簡易的にテープでガーゼが止められ、見るからに腫れ上がっていた。試合終了間際、転がってきたボールを押さえようと飛び込んだときに、相手と激しく交錯したためだ。

唇の左側を、上下とも縫い合わせている。話を聞くことをためらわれた。だが、「大丈夫です。しゃべれます」と、取材に応じてくれた。

今季、ヴィッセル神戸からFC今治に完全移籍で加入したGK伊藤元太は、プロ5年目。今治の一員になるまで、神戸、期限付き移籍していた昨季のザスパクサツ群馬でも出場はなかった。5月7日に行われた天皇杯予選決勝の愛媛FC戦は、1週間前の明治安田生命J3リーグ、アウェイのヴァンラーレ八戸戦に続き、プロ2試合目の出場であった。

チームは八戸戦に続いて公式戦連勝を果たした。いずれも1-0の完封勝利。GKとして胸を張ってもよいスコアだ。

しかし伊藤は、いたって謙虚だった。

「八戸戦もそうでしたが、フィールドプレーヤーががんばってくれたおかげです。僕は来たボールを冷静に処理すればよかった。途中でリードしたので、時間を有効に使いながら、勝ち切ることだけ考えてプレーしました」

いずれの試合も簡単な状況ではなかった。八戸戦はセットしたボールが動くほどの強風が吹き続け、この日は警報が出される大雨の中でのゲーム。決勝の舞台、ニンジニアスタジアム(ニンスタ)のピッチは、全体が水たまりのようなコンディションだった。

「愛媛は常に裏を狙ってきた。極力出ようと思ったけれど、あまりにもボールが止まるので、フィールドの選手にがんばってもらって、自分はガチャガチャッとなった後に飛び込むことを意識しました」

言葉通りのプレーで、混乱が起こりやすい難しい状況の中、守備を引き締めた。

試合はニンスタをホームとする愛媛が、地の利を生かすかのように立ち上がりから浮き球をうまく使い、攻め込んできた。だが、伊藤は枠内シュートに冷静に対処。チームもフィールドプレーヤーの体を張ったプレーと、ポストにも助けられて難しい時間をしのぐ。すると43分、セットプレーの流れからDF冨田康平がヘディングシュートを決めて先制に成功。最後まで戦う姿勢と集中力を貫いたチームは、2年連続で県代表の座をつかんだ。

伊藤は愛媛県出身で、県立松山工業高校から神戸に加入してプロになった。この夜、試合開始前にピッチに入場して整列すると、スタンドに向かって大きく手を振った。

「家族と親戚、お世話になっているパーソナルトレーナーが来てくれたんです。ニンスタでプレーするのは高校以来で感慨深い。このピッチでまたサッカーをしている姿を見てもらえて気持ちが入っていたし、負けたくなかった。それだけです」

今季の今治のGK陣は、4人体制となっている。チームのJFL時代を知るベテランの修行智仁、アビスパ福岡のJ1昇格に貢献し、今季新加入したスペイン人GKセランテス、昨年4月、右ひざを大けがするまではレギュラーを務めていた滝本晴彦。実力者にもまれながら、2試合連続で出場機会をつかんでいる。

チームを率いる髙木理己監督は、GKとしての技量はもちろん、そのたたずまいを見ての起用であることを明かす。

「クロスに出てくるところの勇気、キャッチング。それから、言葉が適切かは分かりませんが、出てきてジャンプしてキャッチするフォルムがいい。スッと出てキャッチしてくれると、ラインが下がらなくて済むんです」

チームは5月14日の明治安田J3第10節、今治里山スタジアムに愛媛を迎え撃つ。2週続けてのダービー、「伊予決戦」だ。

「過去や未来を見る前に、今、この瞬間をしっかり見ろ。ミーティングで言われる通り、今週は天皇杯の決勝だけにフォーカスして準備してきました。それが一番大事ですから」

伊予決戦の“第一ラウンド”で存在感を示した22歳の県人GKは、初めてホームスタジアムのピッチに立ち、ゴールを守り抜くことを目指して、変わることなく準備とチーム内の競争に臨む。

Reported by 大中祐二