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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:冷静にして貪欲なるワイドアタッカー。久保藤次郎の真価はここから花開く

2023年9月7日(木)


驚くほどに冷静沈着で、しかしこの上なくギラギラしていた。9月6日に行われたルヴァンカップの準々決勝、名古屋と鹿島の第1戦はアウェイチームが先制し、ほぼ逃げきりに成功していた中で、久保藤次郎の起死回生の同点ゴールで状況は振り出しに戻った。夏の移籍で名古屋に加わり公式戦6試合目での初得点は、プロ1年目のJ3藤枝での開幕戦2得点、藤枝2年目のJ2ホーム開幕戦での1得点と、最初の節目でゴールを記録してきた“持っている”男にしては遅い気もするが、カップ戦ベスト4をかけた戦いでチームを救う一発を途中出場で仕留めるあたり、まだまだ神通力は健在にも思える。

腹は据わっていた。プロ入り後は経験がなく、名古屋での練習でもやっていない左ウイングバックでの出場をぶっつけで言い渡され、「これから生き残るために必要だ」とポジティブに解釈。もともと右足シュートには自信があり、「カットインしてシュートが一番だけど、クロス上げるふりして最後の縦というのもイメージはしていた」とその場でプレーイメージを膨らませた。79分の出場で“持ち時間”は長くて15分ほど。なかなかパスが回ってこない状況には焦りもしたが「得点取ればチャラになるってメンタルでやっていた」とやはり肝が据わっている。

そして迎えたアディショナルタイム。5分表示の4分台にその時は訪れた。鹿島が敵陣深くでの時間稼ぎに失敗し、無理矢理にでも蹴りだされたボールがまずはユンカーのもとへ。「あのパターンはキャスパーと(永井)謙佑さんがふたりでやっているのを見てたんで。これはワンチャンあるかなと思って」と、ユンカーがターンするであろう方向へとスプリントを開始。思惑通りにパスが出てくると、縦への仕掛けから直角にカットインし、パスをもらいに走るエースも、立ちふさがる鹿島のセンターバックたちも意に介さず、ドリブルと逆方向へと右足を振った。


「キャスパーからボールをもらった瞬間に、キャスパーがもう1回走り込んでるのも分かってましたけど、まあ、正直もう全く出す気がなかったです。もう絶対に自分で振り切っていくっていう風に決めてたんで、あとはもう、迷わず右足で打つって。ボールも良いところに置けたので、それが決め手だったかなと思います」

焦りもなければ緊張も感じない、リラックスが生んだようなコントロールシュートはDFもGKも反応できず、静かに滑り込むようにゴールに包まれた。チームは残り少ない時間も逆転を狙って攻め立てたが、反撃はここまで。土壇場で2試合合計スコアをイーブンに戻した値千金とも言える一撃は、今季の名古屋がのどから出るほど欲しかった「途中出場の選手の得点」でもあり、それが結果を大きく動かしたのだから大きな意味がある。

試合中は貪欲の限りを尽くした久保だが、ピッチを離れれば謙虚そのもの。「この試合は出たらラストチャンスだと思っていた」という背水の陣に個人的には“勝利”を収めたとも言えるが、決して調子に乗らないのが久保という男だ。チームを救い、自分の立ち位置を上げたゴールでも、まだ本当の価値を得ていないと言う。



「チームは首の皮一枚つながりましたし、個人としても、これから先のリーグ戦に対してもつながったと思う。ただ、このゴールっていうのは次に勝つか負けるかによって価値が全然変わってくると思うので、そこはしっかり勝って、初めてのゴールの価値というのを生み出したい」

謙虚である。でも、もちろん欲はある。長谷川健太監督は結果を出した選手は使う監督だ。中3日で迎える第2戦、久保がスタメン起用される可能性は試合前より確実に上がったはずである。そう伝えた時、ようやく真剣な顔がほころんだ。

「そうですね(笑)。あの、ちょっと期待して準備します」

憧れのチーム、憧れのスタジアムでの得点は格別だったに違いない。J3で始めたプロキャリアは、2年目にしてJ1でのゴールとして一つの結実を見た。だがこれは始まりにすぎず、きっかけをつかんだ後のこれからこそが、久保藤次郎の本領発揮、真骨頂になっていくと信じたい。

Reported by 今井雄一朗