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【取材ノート:福岡】「博多のメッシ」。紺野和也が福岡で描く成長の軌跡

2023年12月20日(水)


紺野和也はたくさんの屈託のない笑顔を見せていた。12月9日に行われたファン感謝デー。1年間の感謝の想いを込め、多くのサポーターと楽しくふれあう姿を見ていると、彼の今シーズンの充実感を表しているようだった。

12月18日、FCシャフタール・ドネツクとの「ウクライナ復興支援チャリティーマッチ」を終え、福岡は今シーズンの全日程を消化した。目標に設定していたリーグ戦8位以上、カップ戦ベスト4以上を全てクリアし、JリーグYBCルヴァンカップでは優勝を果たしてクラブ史上初のタイトルを獲得。そんな躍進を象徴するかのように長谷部茂利監督がJ1優秀監督賞を受賞し、優秀選手には奈良竜樹、井手口陽介、山岸祐也が選出された。そして、そこに名を連ねてもおかしくないと思われたうちの一人が今回ご紹介したい紺野だ。

「ボールは友達」。今シーズン福岡にやってきた紺野を初めて練習で見た時、真っ先にこの言葉が思い浮かんだ。ウォーミングアップで皆が軽くジョギングをする中、ずっとボールを扱いながら走っていた姿がつい昨日のように思い出される。

試合になってもボール扱いの上手さは群を抜けていた。足元に吸い付くような巧みなドリブル、左足から放たれる精度の高いキック。自陣の深い位置からでも確実にボールを前進させ、攻撃の起点を作りながら得点にも絡む。「博多のメッシ」と称されるほど開幕戦からワクワクするプレーを魅せ続け、すぐさまサポーターを虜にした。

そんな彼にアクシデントが襲う。明治安田生命J1リーグ第19節のC大阪戦でボールが左目を直撃。約1カ月の負傷離脱を余儀なくされる。その間、チームは連勝を重ね、同じポジションに入った佐藤凌我や田中達也が得点に関わる活躍を見せていた。筆者の中では2人の躍動に嬉しさを感じながらも、一方でどこか物足りなさを感じていた。紺野の魅せる“魔法”が今シーズンの目標を達成するための必要不可欠なピースだと考えていたからだ。復帰後、途中出場が続いていた8月中旬、大事なシーズン後半戦を控える中で彼のことが気になって声を掛けさせてもらった。

「このきつい夏場でもしっかりチーム全員がまとまって、苦しい試合でも勝ち切るというのは本当にすごいですよね。試合に出られなかったときは、上(スタンド)から見ていたり、DAZNで見ていたりしていましたが、本当にそう思っていましたし、自分も早く復帰してそこに貢献したいという気持ちがありました。(佐藤)凌我も、タツ(田中達也)くんも僕と違う特長を持っていますし、しっかりと結果を出しているので、そこは刺激を受けていますし、自分もそろそろ数字の面でもっと出していかなければいけないと思っているので、そこは練習からしっかりと取り組んでいくしかないと思っています。今は少しずつコンディションが上がっている途中で、そんなに良い状態とは言い切れなくて自分の中では苦しい時期ですけど、しっかり取り組んでいればどんどん良くなっていくと思うので、そこはしっかり我慢強くやっていきたいと思います」

否が応でも焦りが出かねないライバルの活躍。それでも、はやる気持ちをぐっと抑え、むしろそれを刺激に変えながら来るべきときに備えてしっかりと準備を進めていた。心に宿る強い想い。そして、システム変更が紺野の躍動を加速させる。8月30日の天皇杯準々決勝から開幕当初に採用していた3-4-2-1に戻り、右のシャドーが彼の定位置になった。

「シャドーはやったことがなかったので、シャドーでしっかりある程度のプレーができるようになったのは選手としての幅が広がったなと思います。中央でのプレーはなかなかやったことがなかったので、そこはちょっとサッカーの見方が変わった」

相手の嫌がるポジショニング。味方との適切な距離感。初挑戦となるポジションだったが、トップに入る山岸、左シャドーに入る金森健志らと共に日々、試行錯誤を重ねながら自分の中での最適解を見つけていった。周りを活かし、周りに活かされる。これまでの福岡になかった鮮やかな攻撃を奏でるトリデンテの一人は、中央でのプレーが増えたことで味方との距離が近くなり、パスの出しどころに困ってドリブルで状況を打開するプレーが格段に減った。パステンポは自然と上がり、持ち味のドリブルはより効果を発揮。ゴールに直結するプレーは多くなり、相手守備陣を次々と切り裂いていった。9月度のJ1月間MVPに輝き、リーグ戦だけでシーズン前の目標に挙げていた5得点も達成。周囲と狙い通りに奪った第28節の柏戦での2ゴール、ルヴァンカップ決勝で演出した2つのアシストは特に強い印象を残す。

「得点、アシスト、またあのポジションでの役割、守備も含めて非常に良いプレーをしてくれています。前所属のチーム(FC東京)でやっていたこと、やっていたプレーにプラスする形で、アビスパに来てからさらに上乗せして、できることが増えて、ボールに触る回数が増えている、守備をする回数が増えて、それが連続している、連動している。そういうところが彼が成長している部分です」

長谷部監督の言葉通り、紺野のプレーを見ていると攻撃面に目が行きがちだが、守備面での成長も見逃せない。プレスを仕掛ける際の周りとの連動性、的確なタイミングで味方をサポートするプレスバック。そして、161㎝という小柄な体格を感じさせない球際の強さ。懸命なハードワークで福岡が大切にする「良い守備」を体現していた。

「前線の選手でも関係なく(守備は)求められるし、逆にそれをしてないとやっぱり試合に出れないと思います。そこはベーシックのところとして当たり前にできないといけないところだと思ったので、守備の部分でもしっかりさぼらずにできるだけ全力で守備も攻撃もできたのかなと思います」

以前、長谷部監督に守備に対する考え方を尋ねたことがある。「(守備を)意欲的にやってくれる選手が来ているということと、守備をするのが当たり前という位置づけを選手には理解してもらっています。サッカーというのはボールがないときは守備なので、基本的にどんなに強くても60%ぐらいですね、65%とか。ですから35%、30%は絶対に守備をするわけで、その30%、まあ40%ぐらいで守備をしなければ、どの国でも、多分どのチームでも上手くいかないという位置づけで選手たちに伝えていますし、選手もそれを理解してるし分かっています」。紺野はその考え方にぴったりと当てはまる選手の一人。それを移籍1年目できちんと理解し、プレーでしっかりと体現して攻守に大きな存在感を見せた。

だが、彼は全く満足していない。そこにはリーグ最終戦で味わった悔しさがあった。今シーズンホーム最多の観客を集めた中で最終盤に失点し、敗れたチーム。そして、自身がマッチアップする機会の多かったJ1屈指のDF佐々木翔(広島)にほぼ仕事をさせてもらえなかったことが心に残っているからだ。

「ああいう選手を抜いて得点だったりというところをこれからしていかないといけないと思いました。まだまだ成長しないといけないなというところも多くあるので、そこは来シーズン以降にしっかりと一から取り組んでやっていきたいと思います。福岡に住んでいる方の見方と言うのはルヴァンカップ優勝してから明らかに変わったと思いますし、それがリーグ最終戦の入場者数にもつながったと思います。ここで勝てていれば、またさらに来年も見に行きたいなと思ってくれる方も多く増えたと思うんですけど、そこで勝ち切れなかったのはやっぱりチームとしても個人としてもまだまだだということだと思いますし、逆に言えば、まだまだ伸びしろもあるなと思っています」

さらなる高みを目指して紺野の挑戦は続いていく。

Reported by 武丸善章