Js LINK - Japan Sports LINK

Js LINKニュース

【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:どこまでも貪欲に求める“主役”の座。倍井謙はその足で、その意志で道を切り拓く

2024年2月22日(木)


甘い顔に似合わず、と言ったら怒られそうだが、ギラギラと貪欲な男なのである。今季から正式にチームの一員となった大卒新人の倍井謙は、沖縄キャンプからの継続的なアピールが実を結び、明日の開幕メンバー入りが確実視されるところまでこぎつけた。「どんどん、もっと来てほしいなと思ってはいますが、まだ何とも言えない状況」と若手の突き上げに物足りなさを感じる長谷川健太監督も、「謙は非常に特徴は出してくれているので、メンバー入りはすると思う」と“当確”を明言。アカデミー育ちのドリブラーは、鹿島との開幕戦に切り札の一枚として数えられている。

諦めず、腐らずに闘い続けたひとつの成果だった。大学3年生だった2022年に加入が内定し、4年生の昨季も特別指定選手として公式戦に出場。しかし「まだまだその時は“お客さん”だった」と真の戦力にはなれていないという感覚も持っていた。正式加入となった今季のプレシーズンキャンプでも紅白戦に入れない時期があり、「いろいろな感情を持つキャンプにはなった」と思う反面、彼の中にある反骨心にも火が点いた。一次キャンプ最終2日間に行われたふたつの練習試合に2日連続で出場し、両試合でゴール。勢いに乗って二次キャンプでは序列を上げ、最終日に行われた札幌との練習試合でも自らのドリブル突破で奪ったPKを決め、キャンプ最多の3得点で指揮官への猛アピールに成功している。名古屋に戻ってから行われた岐阜とのプレシーズンマッチでは、新人で唯一メンバー入り。まさしく自らの足で切り拓いた開幕への道だ。

持ち前のドリブルは高校3年生の時に一念発起で身に付けた。U-18在籍時、トップチームへの2種登録もされたが当時はボランチを中心としたゲームメーカーがその役割。だがプロになるためには「何かひとつ突出してないと」と自らプレースタイルの変更に踏み切り、現在のようなドリブルで仕掛けて得点に絡む選手に生まれ変わった。「トライしまくったっすね」。ボールを持ったらまずは仕掛けて、それから次の選択肢を考える。突破や前進が第一選択肢で、「正直に言えば、相手をはがした後にしか見えない景色って部分もある」と“見切り発車”のドリブルであることも認める。だが、グイグイと前に出て行ける力はその無鉄砲さを補って余りある魅力があり、ここまでは結果も伴っているから周囲も認めて活かそうとする。



倍井の覚悟は想像以上だ。沖縄キャンプが終わり、充実の20日間かと思いきや本人の感想は「最低限。うん…、って感じでまだまだです」と喜びは少なかった。むしろ、危機感の方ばかりが口をついて出る。「ここから開幕までまだ何試合かありますけど、1試合が命取りになる」。この台詞には驚いた。普通の選手、ましてや新人はこういう時、「1試合が重要になる」と言うことが多い。“命取り”という重たい言葉に込められた想いは、彼がどれだけ試合に出たいか、活躍したいか、その機会をどれだけ欲しているかを表している。正直、鳥肌が立った。

彼の今季の主戦場は左のインサイドハーフ。ライバルは森島司や和泉竜司という歴戦の猛者である。だが、臆するどころか倍井には、主役の座を奪ってやろうという気持ちしかないのが頼もしい。「ある程度は自分の特徴もみんなにわかってもらえたと思う。そこからもっと、自分に託してくるような、自分にボールがもっと集まってくるようにするためには、成功数とか得点数っていうところ」。ストライカーではないが、好機を嗅ぎ分ける力も仕留める力も示してきた。鹿島との開幕戦も、チャンスさえ与えられれば何かを“しでかす”可能性を、新たな背番号17は秘めている。

Reported by 今井雄一朗