
開幕からここまで苦境の中にあった名古屋にようやく光明が見えつつある。4月20日から始まった5連戦は広島に勝利するも、鹿島、柏という上位勢に連敗。しかし試合内容にはポジティブな面も多々あり、課題は勝負強さの面へと集約していった中で迎えた国立競技場での清水戦は、今季初の3得点を挙げる快勝となった。この一戦で長谷川健太監督は連戦の疲労を考慮しての選手入れ替えを敢行したわけだが、実はその中に今後へ向けたトライアルが混じっていたことは知る人ぞ知るところ。右ウイングバックで起用された内田宅哉と3バック右の原輝綺が表現した推進力や急遽の出場となったピサノアレクサンドレ幸冬堀尾の活躍は望外の収穫だったようだが、佐藤瑶大の3バック左での起用は狙い通りのリターンが得られたものだったと言える。
発端は1‐2で敗れた柏戦だった。それまでの3バックは右から野上結貴、三國ケネディエブス、河面旺成という3人が鉄板で、「今はこの3人が一番」と監督が認めるユニットだったが、名古屋の3バックの特に左右のセンターバックはマンマーク的に相手のアタッカーに寄せていくため、通常のセンターバックよりかなり負荷が大きい。加えて左の河面は名古屋加入後の過去3シーズンで対人能力に磨きをかけたものの、特徴としてはビルドアップへの貢献度が高いタイプであり、そこが柏戦では徹底的に狙われたということがあった。そこで信頼が損なわれたというわけではなかったが、連戦の疲労を考慮してメンバーの入れ替えを想定した時、「瑶大でどう変わるかな、というのは見てみたかった」と、佐藤の左での起用が指揮官のアイデアとして浮上した。
沖縄でのキャンプでは左でも試されてきた佐藤だったが、逆にそれ以来はずっとセンターか右での起用で、清水戦は「ほぼぶっつけですね」と不敵に笑う。「そつなくというか、可もなく不可もなくでした(笑)。僕の良さはボールを持てるところだと思ってたんで、うまくそこで時間作れたらいいなとは思ってましたけど」。謙遜は自信の表れである。もともとがこの上ない自信家の彼だが、3試合連続スタメン落ちからのチャンス到来には気合も入ったはず。連敗中、しかも失点の仕方が良くない敗戦が立て続けにあった中でのDFライン復帰で見せたプレーには、チームを救うシュートブロックも含めて佐藤の気持ちがこの上なく表現されていた。

そして迎えた中2日での岡山戦では、長谷川監督が言った「どう変わるかな」のもう一つの意味が見えた。相手の最前線には怪物ルカオ。彼をひとりで止められるセンターバックはJ1リーグでもなかなか少なく、名古屋には三國というエースキラーもいたが、ルカオの動き自体がサイドに流れる傾向も強く、特に右に流れてのプレーも多い。つまり、名古屋の左サイドである。岡山戦について問われ、「注意喚起したのはルカオのこと」と真っ先に答えた指揮官の思惑は、河面にも負けないビルドアップ力と、空中戦はじめ対人戦にもめっぽう強い佐藤を左で使えるようにしておきたい。ここではなかったか。現に岡山戦では三國と佐藤に“ルカオ封じ”の任務が与えられ、J1屈指のフィジカルコンタクトに対峙することになった。
ただ、佐藤の反応は薄い。「ケネと2人で見る形になっていたんで、そこはうまく対応できたんじゃないかなっていう風には思ってます」と感想を述べ、「ゴリゴリと来るんで、あまりくっつきすぎないということは考えてました。足元に入る分には、別に後ろ向きなら怖くないんで、前を向かれないように。スピードに乗らせないようにとは思ってましたね」と事もなげに肉弾戦を振り返る。無失点で終えた試合の手ごたえもあってか、佐藤の振り返りはとにかく冷静沈着で、やや打ち合いになった時間帯にも「相手の得点の形はカウンターが多いので警戒してましたけど、ウチもカウンターでの得点は多い。どっちか力のある方が勝つなと思ってました」と視点がまるで第三者的。思えば清水戦での渾身のシュートブロックも、「僕が届いてなくてもピサノは止めてましたよ」と控えめだった。
守備の専門家として、佐藤の見ている世界はいい意味で一歩引いたところにある。たとえば鹿島戦や柏戦でチームが見せていた守備の最終局面のもろさについて、長谷川監督は欧州チャンピオンズリーグのインテルとバイエルンの試合を見せ、ゴールを守るために必要なディテールの部分を選手たちに説いた。これを受けた佐藤の感想は「ディフェンスからしたら当たり前のこと。『それはそうでしょ』って感じです」だった。軽視しているのではない。「僕はその前後でそんなには(変化はない)。僕はそういう意識で取り組んでいるんで、特にはないです」ということ。その上で何が起きていたか、なぜそれを説かれたのかという部分の咀嚼はしっかりできている。
「今は全員の意識が変わっただけじゃないですか。ちょっとふわふわしていた部分が、監督から映像を見せられましたけど、そういったところは意識で変わるところなんで。みんなが今はそういう感じで取り組めているんだと思います。それまではたぶん、『守りたい』っていう思いはもちろんみんなにあって。失点したいわけじゃないんですけど、そこで無理やり、ちょっとムキになっちゃっていたというか。一歩寄せることもそうなんですけど、そこじゃなくて股を塞ぐとか、出す足を変えるとか、身体をそらさないとか。そういうところなのかなって思う。守る意識が強すぎて、逆にそれが裏目に出ちゃうというか、頑張りすぎちゃうというか。それが改善されたのかなとは思います」
チームを俯瞰し、仲間を俯瞰し、そして自らも俯瞰する佐藤は新たなポジションにも意欲的に取り組む。「出られればどこでもいいけど、真ん中で勝負したいところもある」とは清水戦後のつぶやきだったが、2試合連続のクリーンシートに貢献した岡山戦の後には“3バックの左で自分が何をできるか”にモードは切り替わっていた。彼がいま考えているのは右利きである自分が左でプレーするうえでの強みの発揮。持ち前のコミュニケーション能力と理解力の高さをフル活用し、この位置でも自分の居場所を確立するつもりだ。
「今日は仕事ができたな、というのがありましたけど、プラスアルファでもっと、僕はいま右利きの左センターバックやってますけど、もっと違いを作り出さなきゃいけない。右利きを左に置いているメリット、デメリットってたくさんあると思うんですけど、メリットの部分がまだ全然出せてないなって。僕は左足でも蹴れるんで、もっと背後に落としてもいいと思いますし、まだそこの使い分けが僕はできてないのかなと思います。前に人がいたならオープンに受けるんですけど、今日の展開では割と右に選手が固まってたんで、それは言ったんです。右に固まっている時にこっち出しても、僕がオープンで持ったら相手のプレスにはまっちゃうだけなんで。ケネディには同サイドに変えろって。それはケネもわかっていたので、『僕もちょっと瑶大くんに出すフリして同サイドに行ってました』と。左のウイングバックから僕にパスが戻った後には対角に振れるんで、そこからなら斜めにパスを差したりもできる。その回数を増やしていきたいなとは思ってますね」
勝負したいのは真ん中で違いないが、この明晰さをもって3バックのどこでもプレーできるというのは佐藤瑶大のアドバンテージになる。以前に比べ、試合に出ることに対して過度にガツガツしなくなったとは開幕前に聞いた彼の台詞だ。ちなみに清水戦、試合終盤で宮大樹と交代したことについて、彼はこんなことを言っていた。
「ここ3試合ぐらい出られてなかった中で、コンディションが落ちている感覚でしたし、後半の最後に監督に『行けるか?』って言われて、素直に『行けます』って言えなかったんです。これはある意味、自分に強くなれたのかなって。イエローカードももらっていたし、このままやって、もし退場してゲームの流れを変えてしまうぐらいなら、自分から替わろうと。自分から『交代した方がいい』って言う勇気が持てました(笑)」

良い水準で心とプレーのバランスが取れているのである。試合にずっと出続けたいと思うのはプロなら当たり前だが、そこに向かい合う気持ちはあくまでフラット。クールに仕事を全うしていく佐藤のプレースタイルならば、それが正解だろう。彼は自分でその境地にたどり着いているのだからなおさらだ。これで三國を中心に2セットが組めるようになった名古屋の3バックはさらにそのバリエーションを増やし、相手に合わせたチューニングもできるようになっていくだろう。佐藤はその中心の座を狙いつつも、「どこでも出られる」というオールマイティな自分にも価値を見出しているように思う。DFラインをいつでもどこでも成立させられる男としての。懐の深い大人のセンターバックとしての佐藤瑶大を。
Reported by 今井雄一朗