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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:高潔なる守護神、シュミット ダニエル。謙虚と貪欲が同居する、その稀有な佇まい

2025年7月17日(木)


「根っからの性分なんですよ、これが」。謙遜や冗談ではなく、そう言っているのが表情と口調から伝わってくる。シュミット ダニエルとは謙虚をそのまま擬人化したような人物で、これだけの実績があってなお素朴さを失なっていないのが不思議なくらいの稀有なキャラクターを持っている。名古屋にやってきてまだ半年、負傷離脱の期間が長かったので取材機会もかなり限られていてこれなのだから、普段から一緒に過ごしているチームメイトたちにはなおのことそう感じられているに違いない。謙虚さ、素朴さ、そしてサッカーに対する内なる貪欲さ。これらを持ち合わせる選手、特にゴールキーパーとなると、どうしても楢﨑正剛の名が浮かんでしまうのは、偶然か、必然か。

7月16日に熊本で行われた天皇杯3回戦で、シュミットは実戦復帰を果たした。かつてプレーした思い出の地で、「ここでの経験がなければ今の自分はない」と言い切るターニングポイントのひとつ。試合は1失点を喫するも2‐1で勝利し、彼が自らの信念として固持する“チームを勝たせるGK”としての役目を果たした。まずは90分間のプレーをこなせたこと、それがれっきとした公式戦であったことに安堵の表情を見せながら、シュミットはまだまだ納得のできない自分のプレーを苦笑交じりに振り返る。

「いやあ、めちゃめちゃキックはダフってたんすけどね(笑)。それ以外にも前に出るか出ないかの判断の部分、自分のゴール前にボールが折り返された時とか、ちょっと自分が行けたなっていうシーンもあったし、ちょっと判断の部分が悪いところはありましたね。あとは自分がボール持った時のその選択肢をもっと増やせなきゃいけないなっていうのは感じたところです。ボールを受ける前にしっかり見るとか、スペースを探しておくとか、そういう作業はしっかりと、もっともっとやらなきゃダメだなっていうのは今日は思いました。でも、この大会はまずは勝つことが何より大事だし、そういう意味でひとつ結果を残したっていうのはチームとしてすごく良かったなと思います。個人としてもしっかり90分プレーしたっていうのはひとつ、ちゃんと復帰できたかなというポジティブな材料だと思う。あとはその質をもっと高める。なかなか、今は試合に出るチャンスがあるかわからないですけど、そういうことを練習中から意識してやっていけば、またチャンスが来た時にしっかり良いプレーができるんじゃないかなって思います」


現在の名古屋は先のE-1選手権でA代表デビューも果たしたピサノ アレクサンドレ幸冬堀尾が正GKとしてゴールマウスを任されている。最初はシュミットの突発的な負傷による出番だったが、そこから見せたハイパフォーマンスの数々は元日本代表が戻ってなお、その座を明け渡すには至っていない。2m近い長身、そのサイズに似つかわしくない俊敏なセーブ、左右両足での正確なフィードに、“チームを勝たせるGKでありたい”という哲学。こうして列記してみると驚くほどに共通点の多いふたりの実力ある守護神をこのレベルで揃えるに至った名古屋というチームは実に贅沢かつハイレベルで、それだけに一つしかないポジションの選択には監督も嬉しい悩みを抱えている。ピサノの19歳という若さを思えばシュミットの復帰はポジション交代と同義であっても何らおかしくはないが、長谷川健太監督と楢﨑正剛GKコーチはピサノの継続起用を決め、この天皇杯の試合後にも「名古屋に帰って彼らの状態を見て、楢﨑と相談して決める」(長谷川監督)と忖度なしの判断をすると明言。「試合に出るチャンスがあるかわからないですけど」というシュミットの言葉はやはり謙遜ではなく、現実的な自分の立ち位置を理解してのもので、だからこそなおさらに、彼の落ち着いた佇まいに凄みを感じもする。

それもすべては彼の“性分”が成す高潔さによるものだと思う。6月に負傷から復帰したころ、ピサノの活躍にシュミットは「結果を出している人間が試合には出るべきだと思うし、そういう意味で自分は完全にポジションを奪う側」と発言していた。「危機感はめちゃくちゃある。もう追う側に回ったなぐらいの気持ちでいる」とも。これはキーパーたちの持つ独特なファミリー感にも起因するものではあるかもしれないが、今季のシュミットの名古屋への移籍の経緯を考えれば、メンタルが強いどころの話ではない。リーグ戦アウェイの広島戦では初めてピサノがスタメン、シュミットが控えというシチュエーションが巡ってきたが、ただただ後輩の良い準備をサポートする姿に心を打たれた。その時のピサノはと言えば「今日負けたりしたら替えられるだろうなって、言われてはないですけど感じていた」とこれまた良いメンタルで試合に臨んでおり、シュミットのサポートに「アップからすごくポジティブな声かけをしてくれたので、自分もすごく良い状態で試合に臨めた。すごく感謝していますし、逆に自分がその立場だったら、そういうことをもっとしていかなきゃいけない」と、GKのあるべき姿を学んだ様子だった。現役時代の楢﨑GKコーチから武田洋平が多くを学んで今の姿があるように、今のピサノを形作るものの中に、わずか半年であってもシュミットの存在感は小さくない場所を占めている。



当然のごとく、シュミットはただ謙虚なわけではない。海外でもプレーし、名古屋移籍の理由のひとつが来年のワールドカップ出場であったことでもわかるように、プロフェッショナルの貪欲さをしっかりと持ち合わせてもいる。今は追う立場というのも控えめに見えて、「狙っているぞ」という意識の表明であり、一目でわかるようなギラギラ感を出すことはなくとも、その言葉の端々にチラチラと反骨心が見え隠れする。代表帰りのピサノ、復帰を果たしたシュミット。ついにその競争が本格化することになったこのタイミングで、シュミットは穏やかな語り口で“次”に触れる。

「代表でのピサノは本当に普段通り、落ち着いてプレーしていたし、彼から学ぶこともいっぱいあると思う。今後の練習とかで自分も盗んでいければいいかなって感じですね。まあ切磋琢磨してやっていくっていうのが一番大事だと思います。でもあんまり深く考えずに。ちゃんと練習して、なんか変な雰囲気出してもピサノもやりづらいと思いますし(笑)、ただ、しっかりメラメラしている感じは出してやるのがプロだとも思うし、いい意味で刺激し合えればいいかなと思います。自分も公式戦をやるのと練習試合をやるのとでは身体への負荷とかだけじゃなく、頭の部分にも負荷は違うと思うし、そういうものをできる限り、数をこなしていければもっと良くなるかなとは思う」



彼は以前、「僕は経験値って言葉が好きじゃなくて。何かワンプレーが終わった後に『うわ、今の経験値だわ…』とか思うことないし(笑)」と言っていた。守備者としての引き出しの重要性は感じつつ、「若い時からその感覚が優れている人もいるだろうし」と、やはり経験値には否定的な立場を崩さない。それもまた、彼が謙虚でいられる、つまり、いつまでも成長できる自分でいられる秘訣なのだろうと思った。シュミットは“往年の自分”に戻ってその立場を回復しようとはしていない。過去より、今より良い自分になって“在るべき自分”に変わろうとしている。その気概の何と素晴らしいことか。名古屋の正守護神争いはまだまだ、ここからが面白くなっていきそうである。

Reported by 今井雄一朗