7月7日からオープンとなった追加登録(移籍)、通称「夏のウインドー」期間中だが、東京ヴェルディ周辺でも、その人事往来で、すでにファン・サポーターを含めた非常に多くの人の喜怒哀楽の波が交錯している。去る者、来る者、いずれも自身の選択を正解とするのは自分次第であり、それぞれの新天地での活躍をただただ願うばかりだ。
その中で、自身の選択を「大正解」へと価値を高めつつあるのが、今季から東京Vへ加入した平川怜である。
中学生時代からFC東京のアカデミーで育ち、第2種登録選手を経てトップチームに昇格。当時クラブの日本人史上最年少記録となる17歳215日でJ1デビューを果たした超逸材だが、プロ入り後はなかなか出場機会に恵まれず、2019年に鹿児島ユナイテッドFC(当時J2)へ、2021年に松本山雅FC(当時J2)へそれぞれ期限付き移籍。2022年からはロアッソ熊本(J2)へ完全移籍、2024年はジュビロ磐田(当時J1)でプレーと、武者修行を重ねて今年東京Vとの縁に出会った。
2022年、2023年の熊本時代に計52試合出場9ゴールをあげるなど、J2では実績を残しているだけに、「今度こそJ1の舞台で自分の力を証明したい」が東京V移籍の最大の理由だったと振り返る。
とはいえ、決してポジションが保証されていたわけではなかった。新しいチームに加わることの難しさは、もう何度も何度も経験している。それぞれ移籍先の監督の求めるプレースタイル、質、強度などに応えられるか。選手としては自信と不安がつきまとうものだ。今回もそのすりあわせには相応の時間がかかった。
開幕戦からベンチメンバーには入れていたが、初スタメン出場に至るまでに第7節(3月29日)までかかっている。
「アジャストに苦労したというより、自分自身のレベルが、城福浩監督が試合に出す基準に達していなかっただけだと思います」と、平川は真摯に受け止めている。
「守備のアラートさや、攻撃に関しても、どこかで気が抜けてしまっている部分が多かったなと思います。これまで意識できてなかったところを求められたことで、自分に足りなかったものや、甘さに気づけたことがとても大きかったです」
日々の練習の中でそうした気づきを得ながら、「主力として試合に出続けるためには」と自ら熟考し、課題から目を背けず、求められる「当たり前のことを当たり前に」を意識して磨いたことで立場を大きく変えることができた。第7節以降は、第15節横浜FC戦と累積警告で出場停止だった第16節湘南ベルマーレ戦以外は全試合で先発起用されている。
城福ヴェルディのなかで「へそ」と表現されるボランチの一角を森田晃樹とともに担い、攻守にわたり絶妙なバランスでゲームをコントロールする姿は、早くもチームの要といえる存在になりつつある。
「間違いなく、僕自身も、チームとしてもより良くなっています。ただ、ここからがスタート。チーム内にもまだまだトップレベルの選手たちがいるので、彼らに負けないようにしたいですし、J1で試合に出続けることがスタートラインではあると思うので、そこからどれだけやれるかが、今の僕の新しいチャレンジだと思っています」
東京Vに来ていま一番感じているのは、「チームとして『自分たちからやれる』。個人としても『自分からやれる』という、攻めの気持ちになれていること」だという。「その思考や気持ちだけで、試合の臨み方がこれまでとは全然違います」。だからこそ、今まで以上に自信と積極性に満ちてプレーできているのである。特に個人としてボランチとして勝負している中で、「割と戦える自分を知ることができました。ヘディングとかは今まで意識してやってきていなかったのですが、ヴェルディに来て少しずつ多くなっていて。チームのボランチの選手の中では割と身長も大きい方なので、意外にやれるのかなと。なので、これから武器にしていきたいというか、もっと強化していきたいなと思っている部分です」向上心も増すばかりだ。
ただ、描く未来はまだまだ大きく、高い。その実現のためにも「攻撃の部分でゴールやアシストなどチームを勝たせるプレーがまだできていません。そこを追求していきながら、守備の部分では質、強度、回数など、このチームで求められる高い基準が当たり前になっていかないといけない」と、攻守にわたるブラッシュアップを誓う。
Reported by 上岡真里江
その中で、自身の選択を「大正解」へと価値を高めつつあるのが、今季から東京Vへ加入した平川怜である。
中学生時代からFC東京のアカデミーで育ち、第2種登録選手を経てトップチームに昇格。当時クラブの日本人史上最年少記録となる17歳215日でJ1デビューを果たした超逸材だが、プロ入り後はなかなか出場機会に恵まれず、2019年に鹿児島ユナイテッドFC(当時J2)へ、2021年に松本山雅FC(当時J2)へそれぞれ期限付き移籍。2022年からはロアッソ熊本(J2)へ完全移籍、2024年はジュビロ磐田(当時J1)でプレーと、武者修行を重ねて今年東京Vとの縁に出会った。
2022年、2023年の熊本時代に計52試合出場9ゴールをあげるなど、J2では実績を残しているだけに、「今度こそJ1の舞台で自分の力を証明したい」が東京V移籍の最大の理由だったと振り返る。
とはいえ、決してポジションが保証されていたわけではなかった。新しいチームに加わることの難しさは、もう何度も何度も経験している。それぞれ移籍先の監督の求めるプレースタイル、質、強度などに応えられるか。選手としては自信と不安がつきまとうものだ。今回もそのすりあわせには相応の時間がかかった。
開幕戦からベンチメンバーには入れていたが、初スタメン出場に至るまでに第7節(3月29日)までかかっている。
「アジャストに苦労したというより、自分自身のレベルが、城福浩監督が試合に出す基準に達していなかっただけだと思います」と、平川は真摯に受け止めている。
「守備のアラートさや、攻撃に関しても、どこかで気が抜けてしまっている部分が多かったなと思います。これまで意識できてなかったところを求められたことで、自分に足りなかったものや、甘さに気づけたことがとても大きかったです」
日々の練習の中でそうした気づきを得ながら、「主力として試合に出続けるためには」と自ら熟考し、課題から目を背けず、求められる「当たり前のことを当たり前に」を意識して磨いたことで立場を大きく変えることができた。第7節以降は、第15節横浜FC戦と累積警告で出場停止だった第16節湘南ベルマーレ戦以外は全試合で先発起用されている。
城福ヴェルディのなかで「へそ」と表現されるボランチの一角を森田晃樹とともに担い、攻守にわたり絶妙なバランスでゲームをコントロールする姿は、早くもチームの要といえる存在になりつつある。
「間違いなく、僕自身も、チームとしてもより良くなっています。ただ、ここからがスタート。チーム内にもまだまだトップレベルの選手たちがいるので、彼らに負けないようにしたいですし、J1で試合に出続けることがスタートラインではあると思うので、そこからどれだけやれるかが、今の僕の新しいチャレンジだと思っています」
東京Vに来ていま一番感じているのは、「チームとして『自分たちからやれる』。個人としても『自分からやれる』という、攻めの気持ちになれていること」だという。「その思考や気持ちだけで、試合の臨み方がこれまでとは全然違います」。だからこそ、今まで以上に自信と積極性に満ちてプレーできているのである。特に個人としてボランチとして勝負している中で、「割と戦える自分を知ることができました。ヘディングとかは今まで意識してやってきていなかったのですが、ヴェルディに来て少しずつ多くなっていて。チームのボランチの選手の中では割と身長も大きい方なので、意外にやれるのかなと。なので、これから武器にしていきたいというか、もっと強化していきたいなと思っている部分です」向上心も増すばかりだ。
ただ、描く未来はまだまだ大きく、高い。その実現のためにも「攻撃の部分でゴールやアシストなどチームを勝たせるプレーがまだできていません。そこを追求していきながら、守備の部分では質、強度、回数など、このチームで求められる高い基準が当たり前になっていかないといけない」と、攻守にわたるブラッシュアップを誓う。
Reported by 上岡真里江