
いうまでもなく、試合は相手あってのことだ。こちらのやりたいことを一方的に押し付けてどうにかなるような、そんな簡単な話ではない。
明治安田J2リーグ第30節を終了した時点で9位のFC今治は、第31節、ホームのアシックス里山スタジアムで5位のサガン鳥栖を迎え撃った。
勝てば勝点49で並び、得失点差で順位を引っ繰り返せる。J1昇格プレーオフ圏内、さらに自動昇格圏内をめぐる激戦において、大きな意味を持つ一戦で、今治は前半先制に成功。だが試合残り3分というところで追いつかれ、1-1で引き分けた。
積み上げた勝点は1にとどまった。順位も変わらず。けれども先発して88分にベンチに退くまで2シャドーの一角として攻守に走り続けた新井光は、ネガティブになる必要はないと言葉に力をこめる。自分たちの戦いに、確かな手ごたえがあるからだ。
今季、指揮を執る倉石圭二監督が築くチームは、特段珍しい機構になっているわけではない。守備時にウイングバックが下がり、後ろが5枚になる3バックで、1トップと2トップを使い分ける。それに応じて中盤のセンターは3枚のときもあれば、4枚にもなる。
特筆することがあるとすれば、3バックとウイングバック以外の5人の配置が試合ごとはもちろん、試合中も(それもときには複数回)変化するところだろう。だからたとえば中盤のトライアングルは、ボランチ2人の正三角形、アンカー1人の逆三角形の、どちらもあり得るわけだ。
対戦相手や試合展開に応じて、チームは戦い方を細かいニュアンス含めてきびきび変えていく。それだけ鍛えられているし、それを表現できるからこそ、初めて挑むJ2の舞台で、今治は上位で戦い続けている。
鳥栖戦では中盤のセンターは逆三角形で、梶浦勇輝がアンカーに、シャドーの右に新井、左にはヴィニシウス ディニスが入った。いずれもボールを狩れてボランチ、アンカーを務められる3人だ。それだけではなく、ゴールを決める「火力」にも優れている。上位対決となった第30節のRB大宮アルディージャ戦ではVディニス、梶浦が得点して3-2の逆転勝利の原動力となった。Vディニスの先制ゴールは新井のラストパスから生まれている。
鳥栖戦は大宮戦と同じ3-1-4-2の布陣で始まった。エースのマルクス ヴィニシウス、ポストプレーで存在感を増してきたウェズレイ タンキの強力ブラジル人2トップを孤立させず、チームのパワーに昇華させるためにも、中盤センターの3人がどれだけメカニズムの歯車となれるかがポイントだった。そしてそれは、まず守備の局面で発揮された。
試合が始まるとほどなくして、Vディニスが頻繁に今治のベンチに何かを訴えかけてくるようになった。守備が思い通りにいかなかったのだ。そのコミュニケーションを、倉石監督は次のように振り返る。
「守備で前からはめてボールを奪いに行くところが、想定したようにならなかったんです。ベンチから見ていても、『あれ? ちょっと違うな』と。それでディニスや(新井)光と話しながら、一番はピッチの中で選手たちがうまく修正してくれました。ボールを回収できていたし、そういう臨機応変さがチームに出てきたと感じます」
前からボールを奪いに行くことに、チームは一貫して取り組んでいる。ボールを奪い、その勢いを即座に相手ゴールに向かって突き進むパワーへと変換する。チームのコンセプトからすれば、はまらないプレスが攻撃の出力不足を招いてしまうのは明らかだった。
チームは、序盤のうちに臨機応変に対応することができた。それによって試合のペースを握り、22分、Mヴィニシウスの先制ゴールへとつなげたのである。
鳥栖との主導権争いを、新井はピッチの中で次のように感じていた。
「僕が何かしたというより、自分たちが準備していたものと違ったので、ディニスの(プレスの)行き方を修正したくらいです。あとは、特には大きく変えていないですね」
人をしっかり捕まえつつ、前からはめてボールを奪い切る。守備の成熟は短いスパンで得られたものではない。J2昇格を果たした昨シーズン、服部年宏前監督(現ジュビロ磐田U-15監督)のもとでの取り組みの延長線上にあることを、今治3年目の新井はよく理解している。
「チームには去年から積み上げているものもあるし、それをJ2の相手に対しても変わらずやれることを自分たちは証明していると思います。前から行って剥がされることもある。でも、そうなってもみんなで戻れば問題ないし、自信を持って続けていくだけです」
倉石監督はハードワークを強調する。もちろん、ただの根性論ではない。ひとりひとりが労を惜しまず走り、球際で戦い、チームとしてどのようにパワーを発揮するのか。ピッチでいかに振る舞うか、確かに共有されているのだ。90分間、実行に移すだけの走力が鍛えられてもいる。鳥栖戦は引き分けに終わった。だが次節、徳島ヴォルティスとの次なる上位対決で主導権を握り、勝利する『手順』は明確である。
「(守備で)前がはまれば、後ろは限定できる。ファーストディフェンダーからどれだけ本気でボールを取りに行けるかは常に監督から求められていることだし、みんな意識してやれています。
徳島は1点取れば、後は守り切るという堅いサッカーができるチーム。前線には強烈な外国人アタッカーもいる。でも、自分たちもそこにボールを入れさせないためにも、まず前から(プレッシャーに)行くというのがあるし、越えられたとしてもみんなで戻る、プレスバックするということを変わらずやればいい。
残り数試合で何かを変える必要は感じません。今のやり方、サッカーでどれだけ強度を上げられるか、質を高められるか。その上で、最後は細かいところになる。それが大きな結果につながります」
チームは一日にして成らず。一朝一夕では身に付かない成長と成熟を、鳥栖戦から読み取ることができる。J1を目指す足取りは、変わらず力強い。
Reported by 大中祐二