
「次は決めよっか」「うす」。何気ない軽いやり取りを、有言実行に変えてくれるとは恐れ入った。会話はネットを揺らすもオフサイドに泣いた場面を含めれば数度の決定機を決められなかった浦和戦の試合後のことで、「今日はもう(永井)謙佑くんに聞いてください」と満面の笑みでミックスゾーンを通り過ぎる際のあいさつ程度のものだった。果たして翌節、新潟戦の快勝を呼び込む貴重な先制点を挙げたのは「うす」と返事をした和泉竜司で、ゴール前で2人、3人と相手DFをかわしていく様は、かの妖精のようでもあった。決めるべき人が決めればチームは乗る。それは今季の名古屋においてはFW陣に他ならないが、キャプテンマークを巻いた背番号7もまた、間違いなく“決めるべき人”である。
「身体が勝手にその選択をした」。何ともファンタジスタな答えを和泉は用意していたが、思考より反応、そしてその反応通りのボールタッチが可能なその高い技術があの“舞い”を実現したと言える。椎橋慧也の機を逃さぬフィードが相手の処理ミスとなったのも運と言えば運だが、永井謙佑の動き出しに合わせたからこそ起きたミスではある。永井が奪って切り込んで、折り返しを森島司がつないだ瞬間、和泉はフリー。しかし新潟のDFとてやらせますまいと突っ込んでくる中、キーパーの飛び込みをかわしてDFもさらにかわし、最後はディフレクションも味方につけてネットを揺らした。「最後のシュートは気持ちで打ちました」。決めるべき場面で決めるのは言うほど簡単ではない。キャプテンマークを巻く者として、それは誰よりも重圧を感じながらのシュートを彼はねじ込んだのだった。
「モリシからいいパスが来ましたし、冷静にかわしながら打てました。身体が勝手にその選択をしましたし、一人目をかわして、二人目も落ち着いてタッチできた。あれは決めなきゃいけない状況だったんで、決められて良かったなと思いましたし、前節も後半の立ち上がりでチャンスを決めきれず、逆に決められて苦しい展開になっていたので。そこは前回と似たような展開にはなっていたんで、同じことはしないようにと。そこはみんなで話していたし、たとえ得点が入らなくても、みんなが焦れずにやり続けていれば、当然相手もダメージを食らう。後ろの選手にも『入らない中でもしっかり耐えてくれ』と言っていたんで、みんなでつかんだ勝利です。前半にはもっと決められるチャンスがあったんで、そこで決めていればもっと楽な試合でしたけど、そこの質は上げていくしかない。やり続けることが大事で、僕の得点も良かったですけど、泰智だったり祐也が決めたってところが、ひとつチームとしてのプラスです。そこはみんなで切磋琢磨してやっていきたいなと思います」
その気持ちは後半開始のプレーにも如実に表れた。相手のキックオフから始まった残り45分間の立ち上がり、和泉は誰より率先して、そしてけたたましいほどに前線でのディフェンスを実践。5月は無敗で来ているとはいえ、後半の入り方は継続課題でもあり、浦和戦同様に新潟をやり込めた前半の流れを今度こそ逃すまいという熱い気持ちがその姿勢には見えた。キャプテンの鼓舞にチームも呼応し、素晴らしい後半の立ち上げを見せたチームは10分後の和泉の先制点にまでたどり着くわけで、この行動が仲間に及ぼした影響はやはり大きかったと実感する。

「もう1回、入りのところから『行くんだ』って思いはありましたし、ここ最近、前半は良い戦いができて、でもなかなか得点を決められずに後半の1つのチャンスで失点や、相手の時間帯になるということがあったんで。やっぱり入りからやるんだ、ってところは後半開始の円陣の時にも話していましたし、やっぱり前線からの勢いだったり姿勢が後ろに伝染するものだと思うので、そこは意識的にやっていました。ベンチには交代選手で信頼できる選手たちがたくさんいるので、もう出しきるんだってところは自分の中でも取り組んで。90分フルで出られればそれが一番いいですけど、やっぱり出しきって次の人にバトンをつなげるところは、前線は特に大事だと思うんで、そこは意識的にやっていました」
長谷川健太監督のトレーニングで代名詞的なところのある「オールアウト」の精神そのままに、和泉は表現しきったわけである。ただ、出しきると一言でいっても、闇雲に走り回って体力を浪費するのでは意味がない。各々の役割や仕事をこなしきってこそ、オールアウトの意味は出る。その点で重要なのはやはりチーム力の回復具合で、苦戦続きだった序盤戦では守備を中心に試合を闘う前提条件のところが不安定すぎて、それぞれが本来の役割を果たせていないところが多かった。トップ下かシャドーがメインの和泉が左ウイングバックのポジションに入ることもあり、2列目にいても守備の負担やボールを受ける作業もプラン外の動きが多かったのは間違いない。翻ってチームが上向いた5月は攻撃の中心に据えられた和泉が自分の仕事に集中できているのは疑いようのない事実で、新潟戦のゴールだけでなく、他の試合で彼が決定機を得られていること自体が、良い兆候なのである。
「そう、だいぶ後ろからも運べるようになって、何と言うか自分が降りすぎずに、なるべく前で攻撃に関われるようにもなってきている。そうすればおのずとゴール前にも入っていけるし、チャンスメイクのところもできると思うので。そこはチームがお互いにやれることが増えていければ、もっともっとそれぞれの良さは出せると思います。そこはみんなで良いものを作っていけるようにやっていきたいと思います。最初はなかなか後ろも安定しなかったし、攻撃においても自信がなくて。だからやっぱり僕がサポートに行ったり、けっこうな距離を降りていかないと、ボールもつながらない場面はありました。そこはだいぶ運べるようになってきたし、だから自分が前で関われるようになってきたんで、だいぶ大きいなと思います。でも、もっともっとやれると思う。そこは積み上げていくしかないし、当然、試合中にはミスもあるし危ない場面もある。そこはチャレンジして、ボールを取られたらみんなで取り返せばいいから、みんなで良いチャレンジャー精神をもってやっていけばいいかなと思います」

これまで長谷川監督は和泉の有り余る能力を、不安定なチームを支える力として使ってきたところがあった。しかしチームが“一本立ち”できるようになれば、その力が最も発揮される、輝ける使い方をと考えるのは当然のことで、それが「今年は竜司と心中する」という言葉の本質だろう。彼の力をしっかり使えば、あのルヴァンカップ決勝のスペシャルなアシストのようなプレーが生まれ、同じ新潟を相手にした今回のゴールも生まれるようになる。「だいぶキャンプの時の感覚というか、そういうものは出てきたし、どんな相手でも自分たちがしっかりやれば、やれるんだっていうところは証明できたと思う」と和泉は語ったが、それは彼自身のパフォーマンスについても同じことが言える。どんな相手ともしっかり戦えるチームにあって、どんな相手も突破できる和泉の個の力はまさしくゲームを決める力になる。アシストでも、ゴールでも、攻撃なら何でもできるのが名古屋の背番号7の継承者だ。
継承といえば、前述のように出しきってバトンをつなぐ考えを貫く和泉だけに、今季のリーグ戦でフル出場は4試合と少ない。当然のように交代の際にはキャプテンマークを誰かに託してピッチを出るわけだが、その作業というのはどんなものなのか。そう水を向けると和泉は「えへへ」と照れくさそうに笑い、その作業、いや“儀式”のことを振り返る。
「交代する時はもう、ほんとにそこから先はピッチでは力になれないんで。ピッチの外から声は出せますけど、ほんとにみんなに『頼むぞ』っていう思いは伝えます。キャプテンマークを渡すのはケネ(三國ケネディエブス)だったり、最近はトク(徳元悠平)がピッチにいることも増えてきたので、彼らに任せますけど、ほんと、みんなのこと信頼してるんで。キャプテンマークもそうだし、本当にみんなでバトンをつないでやっているし、それだけの選手が名古屋にはいると思うので。もう信頼して、みんなに任せていければと思ってやっています」

キャプテンが安心して交代できる、勝敗を任せられるチームというのは、考えてみれば強力である。もちろん交代は監督の判断であり、告げられれば選手が抗うことはできない。ただ、そこに代えられる悔しさや、やり残したことへの未練、フル出場できないことへの不満もなく、まさしく“交代策”として機能させられていることは、我々が思うよりもはるかにチームの良好な流れがあるようにも思える。ましてや和泉のようなクラブのバンディエラとみなされる選手が、ピッチ内の仲間や自分と交代する選手に、「任せたぞ」と託せる心意気は、チームを鼓舞しないはずがない。
「まだまだここから。もっともっと良くなると思うし、一戦、一戦で勝ちを目指して。もっともっと上を目指したいんで、これで満足することなく、もっとチームとして上を目指していきたい。どんな相手だろうと、しっかり自分たちがやるべきことをやって、それを90分間、誰が出ていてもやり続けることが、一番の勝ちへの近道だと思う」
全員が仕事をまっとうするのが、強いチームである。そこに不安がなくなりつつある名古屋は後半戦の台風の目になりうる。その先頭には文字通りの旗印として、和泉の姿があるはずだ。チームが彼と心中することを決めているのだから、周囲は信じてついていけばいい。名古屋の背番号7はいつだって、道を切り開いてくれる存在である。
Reported by 今井雄一朗