
試合の流れを大きく変えたのは、名古新太郎の1本のパスからだった。1点ビハインドの明治安田J1リーグ第25節・川崎F戦の11分、左シャドーのポジションから最終ラインに降り、ボールを受けて前を向いた背番号14は、碓井聖生に鋭い楔を差し込む。上手く反転したところに相手選手の危険なタックルが入り、主審から提示されたのはレッドカード。福岡は数的優位に立つ。
ここからチーム、そして名古自身の躍動が始まる。19分、相手GKが触れ、クロスバーに当たる強烈なミドルシュートを皮切りに24分、FKから同点ゴールを奪うと、再びリードを許した36分にはCKからゲームを振り出しに戻すアシストを記録。前半終了間際に11対9と数的有利は広がり、さらに勢いが増す。73分にはPKを落ち着いて沈め、勝ち越しに成功すると、85分には見事なスルーパスで追加点をアシスト。4ゴールに絡む活躍で今シーズン最多となる5得点での勝利に大きく貢献した。
「相手の状況もありましたし、勝てたことが全てだと思うので、勝てて良かったです」
試合後のミックスゾーン。アウェイの地にも関わらず、多くの報道陣が囲む中、落ち着いた表情で第一声を発した。リーグ戦で3試合ドローが続いていた中での4試合ぶりの勝利。数的優位になる中で勝ち切ったことに収穫を挙げつつも反省も忘れることはなかった。
「相手(の人数)が少ないとは言え、(川崎Fは)力があるチームですし、10人であっても9人であってもひっくり返す力があるチームです。実際それは過去にもやっているので、自分たちはより相手の嫌なことをしないといけないですし、揺さぶりながらゴールを狙いつつ、自分たちの狙い通りにできた部分はありましたけど、まだまだ質を高めていかないといけないと思いますし、全く満足はしていないです」
オフザボールではタイミングよく顔を出し、パスコースを作り出してビルドアップの出口となり、ボールを持てば正確無比なキックで攻撃を展開。流れの中からだけでなく、セットプレーからもプレースキックでチャンスを創出し、虎視眈々と自身もゴールを狙う。
「決定的な仕事をして数字を重ねていきたい」
昨シーズンは、鹿島でキャリアハイとなる5ゴール、J1で2位タイの9アシストをマークし、今シーズン、福岡の得点力不足解消の起爆剤の一人になることを期待されて移籍してきた。開幕前に掲げた目標は二桁ゴール、二桁アシスト。だが、川崎F戦で挙げた移籍後初ゴールを「遅すぎたゴール」と表現するようにここまで思ったような数字を残せない歯痒い日々を過ごしてきた。
それでも決して下を向くことはなかった。全てはチームが勝つために。攻撃面に注目が集まりやすいポジションではあるが、川崎F戦の1点目につながったFKも名古のボール奪取から始まったように守備面での貢献も見逃せない。120分戦った天皇杯から中2日の川崎F戦ではチームナンバーワンの走行距離を記録。球際に強く、攻守にハードワークを怠ることのない名古は、2列目の中央だけでなく、サイドやボランチでもプレーし、中盤でマルチな活躍を見せている。
ここまで岩崎悠人とともにリーグ戦全試合出場。同じポジションのライバルの存在はもちろん、Jリーグ全体で年々高まるプレー強度、過密日程、暑さなど長いシーズン、コンディションを維持して毎試合出続けることは容易ではない。その中でどんなことを意識しているのか尋ねた。
「怪我をしないこと。そこへの準備だったりというのは誰よりも意識している部分かなと思いますし、年齢も年齢なので、チームを助けるために何ができるかというのを常に考えながらまずはコンディションのところは選手として当たり前だと思うので、これからもしっかりまずはコンディションを整えるところは続けていきたいと思います」
常に自分に矢印を向け、毎日できることを精いっぱいコツコツとやる。先発であっても途中出場であっても与えられた役割以上の力を発揮する。口にするのは簡単だが、実際にやり続けることは難しい。名古はこんな思いを胸に秘めながらピッチに立っている。
「いろんな思いがある中で、一人のサッカー選手としてプレーできる喜びというのは常に感じていますし、本当に周りの人に感謝しながら当たり前じゃない環境にいるというのを自分は常に思っているので、そこを含めて自分からもっともっとチームに発信して、良い影響を与えられたらと思います。(数字は)まだまだ自分としては足りないですし、やっぱりより結果にこだわる部分はもちろんですけど、まずはチームが勝つためにやるというのが自分のスタイルであるし、その為には難しいですけど、結局はゴールを取らないといけないので。よりチームが勝つために、自分がもっともっと貪欲にやっていきたいと思います」
サポーターの前で何度も何度もユニフォームの胸にあるエンブレムを叩いた。「あくまでもチームが勝っての(個人的な)数字」。熱い思いを持ち、“潤滑油”となるプレーでチームを支え続ける名古。福岡を愛するチームファーストの男がこれからも攻撃のタクトを振り、勝利に貢献する。
Reported by 武丸善章