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【取材ノート:藤枝】合流3日目でいきなり凱旋ゴール。“キング”矢村健がもたらす化学反応とは

2025年8月28日(木)
「キング」と呼ばれる男のヘディングがゴールネットを揺らした瞬間、藤枝総合運動公園サッカー場は今季最高と言っていいほどの熱狂に包まれた。


合流3日目で先発起用されたこと自体がサプライズだったが、「ヤムケンならやってくれるんじゃないか…」という期待感も静かに漂っていた。そんな中での痛快このうえない一発回答。サポーターにもチームメイトにも多大な勇気を与え、空気を一変させた働きは、なぜ彼が「キング」と呼ばれるのか、あらためて思い出させてくれた。

退路を断った完全移籍で

8月20日(水)、夏の移籍期間の最終日に新潟からの移籍が電撃発表された矢村健。翌日の木曜日に合流して2日間練習しただけで23日(土)の愛媛戦に先発起用された。

その決断について須藤大輔監督は「試合勘や試合体力というのは足りないのはわかってました。ただ、彼を動かすマインドですよね。新潟でなかなか出番がない中でもしっかりやってきたことは今日のパフォーマンスにも出てますし、J1でもまれた経験が無駄ではなかったということをこのピッチでしっかり表現してくれたと思います」と振り返った。

矢村自身も、退路を断った完全移籍で再びJ2の舞台を選ぶにあたって「本当に試合に出たいという思いが強かったし、もう28歳であと何年やれるかもわからないサッカー人生というのを考えて決断しました」という強い覚悟で、昨年キャリアハイの16得点を挙げた藤枝に戻ってきた。

だからこそ、初戦で点が取れたことは彼自身にとっても非常に大きかった。「ゴール感覚というのは、新潟にいる時も練習試合や練習を含めて、そこまで落ちていなかった」と感じていたが、それを実戦で早く発揮できたことは大きな自信になる。

新潟でのゴールも合わせると今季5点目。今後もハイペースで量産して、8得点の浅倉廉を追い越すことも貪欲に狙っている。

チームに与えるさまざまな相乗効果

また、彼自身の得点以外にも非常に大きな楽しみがある。それはチームに与える影響の大きさだ。

たとえば矢村のゴールをアシストした浅倉は「そこで足を振るんだと思うシーンが多かったし、それでチーム全体のシュート意識が高まったという効果はあると思います」と言う。チーム全体として須藤監督から「もっと足を振れ」と言われ続けているが、その手本を矢村がしっかりと見せている。

浅倉が決めた逆転ゴールのシーンでも、一度止めて矢村にパスしたほうがより決定的な形になったかもしれないが、迷うことなく1タッチで左足シュートを放った。その背景には「どこからでもシュート狙うという意識は、去年矢村選手から学んだことで、それが今年は自分の中で生きています」(浅倉)という影響があった。

さらに「マークが矢村選手に行くので、その分自分や他の選手が空くというシーンが増えると思いますし、逆に僕らが警戒されれば矢村選手ももっと点取れるので、お互いに良い効果があると思います」(浅倉)と、お互いに生かし合う相乗効果も期待できる。

昨年は、矢村以外の選手では浅倉をはじめ2得点が最多(7人)で、矢村頼みになっていた。だが今季は現時点で、成長著しい浅倉が8得点。杉田真彦と久富良輔が3得点、そして2得点が6人と「矢村さえ抑えれば…」というチームではなくなっているため、相互のプラス作用はより大きくなるはずだ。

また、矢村の精力的な背後へのランニングや飛び出しによって相手のDFラインを引き下げることができれば、中盤のスペースが広がって、シャドーの浅倉や中川風希が前を向いてボールを持てるシーンも増えてくる。そうなれば矢村へのラストパスも出しやすくなるので、それも相乗効果のひとつと言える。

もちろん攻撃だけでなく、ハイプレスの牽引役としても、矢村は頼もしい存在だ。自分に対する厳しさが人一倍あるので、暑いからといって足を止めることはなく、リードしたからといってプレスを緩めることもない。彼が守備のスイッチを入れて、それに後方の選手が追従して押し上げていけば、藤枝の看板である「ハイライン、ハイプレス」もより長い時間表現できるようになるはずだ。

前回の取材ノートでは、得点後の試合運びに課題があることに触れたが、追加点を取れる自信が増してくれば、守りに入ることなくハイプレスや攻めの姿勢を維持する意識も保ちやすくなる。

そうしたさまざまな効果が出てくる中で「同じポジションの選手が、どう立ち振る舞うかというのも楽しみにしたい」と須藤監督は言う。サッカーに取り組む姿勢やマインドという面でも、周囲に与える影響が大きい選手だ。

チームとしてフィニッシャーの不足が最大の課題となっていたところに、限られた予算内でこれ以上は望めないレベルの補強ができた。

技術、戦術、メンタルと全ての面で矢村が今後どんな化学反応を引き起こしていくのか。プレーオフへの滑り込みも夢ではないと思えるほどの楽しみが出てきたことは、サポーターへの最高のプレゼントとなった。

Reported by 前島芳雄
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