
ゲームメーカー、あるいはパサーとしての美しさだけでなく、彼が本物のボランチなのだと確信させてくれるような90分間だった。リーグ戦7試合ぶりの勝利を得た岡山とのアウェイゲームにおけるマン・オブ・ザ・マッチを選ぶなら、それはもちろん決勝点を挙げた佐藤瑶大なのだが、個人的には同じくらいに重要だったのは、中盤の底からチームを支え続けた森島司だったと断言できる。かつて日本代表にまで上り詰めたのは2列目の選手としての評価だったが、ここにきて彼のプレーはよりセントラルMF的に変化を見せ始め、しかもそれが力強さを増してきている。この覚醒、今後の名古屋の残留争いに大きな影響力を持つ気がしてならない。
森島をボランチで使えないか、というのは長谷川健太監督も何度も挑み、様々な理由によって頓挫してきたある種の“悲願”でもあった。昨季途中でも指揮官は森島のボランチ起用を試み、その理由として現在の日本代表の2列目の層の厚さに対し、「それは簡単ではない。でももう一つ下のポジションからゲームメイクをして、フィニッシュにまで関われるようになれば、また“進化した森島司”になれる」と語っていた。森島が日本代表の器であることを信じ、その力をより引き出そうとした時、それは3列目での覚醒にあると数々の若手を育ててきた名伯楽は考えていたのである。その思惑は森島自身のプレーの好不調や、彼を他のポジションで使わざるを得ないチーム事情など様々な要因によってペンディングせざるを得なかったが、ここに来て「1年ぐらいかかったが、やっとボランチらしくなってきている。彼の中でピントが合ってきた」と指揮官が認めるまでになった。チームビルドがひとつ、動き出したわけだ。

「もともとボランチだったんで、やっぱりそういう練習したら思い出す部分もあります。プラス、プロではこうしてガッツリとボランチをすることはあんまりなかったので、すごく学べているのでいいかなと思います」。当の森島はサバサバとしたもの。高校時代はボランチとして名を馳せた選手であり、2列目の選手としての認識や評価はプロになってからのキャリアで築いたもの。確かに彼にとってボランチでのプレーは“昔取った杵柄”であるだけなのかもしれない。そう考えると森島の体格とは裏腹な空中戦の強さも納得いくもので、母校の四日市中央工業高の基礎トレーニングにある、徹底的なヘディング練習が目に浮かぶ。「競り合いは全部勝つつもりで行ってるんで。自分の中では、そこで負けたら悔しいし」。空中にあるボールの落下点を正確に読み、恐れず飛び込むあのエアバトルのフォームは、まさしくボランチ森島の原点を感じさせる瞬間でもある。
彼の基本的なプレースタイルも、思えばボランチ向きではある。たとえばコンビを組む稲垣祥は「ボランチで出るからには展開力とかリズムを作るようなところをどんどん出して、チームを助けてほしい」と語るが、一方で長谷川監督は「『稲垣に走り負けたくない』っていつも言っているけど、走行距離とか全然違うから『あの人はバケモンです』って言っている(笑)」と、ファイターとしての一面も見ていた。また、森島のプレーを見ていればすぐにわかると思うが、彼は要求のジェスチャーが多く、試合中にもよく喋る。佐藤は「モリシくんは『今どうだった?』とか『俺落ちた方がいい?』と喋りながらやってくれる。あの人はやっぱりすごく考えながらサッカーしている」と言う。ハードワークを志しながら、思考を止めずにプレーをし続ける。そして志向しているのはボールを動かして、前進していくフットボールである。フィードの視野も広くて質も高い。ボールロストも少ない。なるほど確かにボランチの資質をこれでもかと備えている。何より、気質がファイターなのが素晴らしい。

それらを踏まえて岡山とのアウェイゲームを振り返った時、やはり森島のボランチとしての覚醒を見た気がするのだ。ゲームメイクはもちろん、全体としては安全第一の方に軸足を置いたゲーム展開を狙った中で、森島の危機察知能力や守備力そのものでの貢献度はとても高かった。今季のプレシーズンキャンプでボランチ起用を試されていた時、彼は「個人的に守備の部分が自分の一番の穴になっていくと思っている。しっかりと、“穴”にならないようにというのは、自分が一番意識しているところ」と語っていたのだ。その後の長谷川監督も彼の守備面でのリスクを口にすることはあり、その点でも“ピント”は合ってきたのだろう。得意ではないが、どこを抜かしてはいけないのか、どこで身体を張るべきなのか。試合終盤にはシュートブロックに身体を投げ出すシーンも何度もあり、「もともとああいうプレーは自分的には好きなプレーなんで。徐々にそういう嗅覚的な部分もしっかり身につけていきたい」と事も無げだったのは、まさに彼の思考とボランチの役割が合致した、照準が定まったという何よりの証拠だったと言えるだろう。それは森島の岡山戦に対する感じ方を聞いても納得がいく。

「相手は前線の選手が強力だったので、そこにしっかりボランチも関わって守備していくのはチームのプランとしてもあった。前半は重く見えたかもしれないですけど、ああいう戦い方だったので、90分通してそれはできたと思う。そこで我慢し続けての(永井)謙佑くんの一発もありますし、ウチにはボールを取った後に“湧き出る”ことができる選手がいるので。前半もそういうところでは(森)壮一朗からのクロスとかでもチャンスはありました。引くからチャンスが少なくなるっていうチームではないと思うので、しっかりチームとして2週間、そういう準備をしてきた中での武器は見せられたのかなと思います。そこでさらに押し返していけるのが一番いいと思いますけど、今日はこれで良かったのかなとも思います。やっぱり90分間我慢して1-0で勝つっていうのは、この順位にいる中ではしょうがない部分もある。そこは最低限でした」

この試合後の記者会見の席で、長谷川監督が「一番悩んだのはね」と切り出した場面があった。終盤の小野雅史と加藤玄の投入についてで、「司は最後まで引っ張ればなんとかなったと思うが、今日は加藤を使って勝ったのが1つ大きかった。あそこは少し賭けでもあって、これで勝てるかどうかで今後の残り9試合が変わってくるだろうという思いで加藤を使った。そのゲームで勝ったのは大きかった」とギリギリの判断だったと明かしている。これはつまり、森島が司令塔タイプのボランチとして“使える”と確信したことの裏返しで、いま名古屋に在籍する選手で同じ役割が期待できるのは加藤、つまり中盤で攻守を司る軸に森島を据える決心がついたということだ。“森島がボランチをできるのか”、“森島をボランチで使えれば”というフェーズは終わり、2枚のボランチの1枚は稲垣祥や椎橋慧也のようなハンタータイプを置き、試合を作る存在として背番号14を起用する。そのバックアップとしての加藤が勝ち試合を経験し、自信をつけてくれればという台詞に、指揮官の手応えは感じられた。

守備重視にはなってしまった岡山戦については、森島はボランチとして気を遣った部分として、「ボールを取った後に展開するところ、そこで大事に前につけないといけない。プラス、ゴローくん(稲垣)が出ていったところのリスクマネジメントも意識した。今日はそんなに自分がボールを触る機会はなかったけど、触った時にはある程度できたのかなと思う」と語っている。「こういうことからもっともっとプレー時間を増やして、ボールを持つ時間も増やしてやっていきたい」とも。課題であった守備面での手応えと、攻撃をクリエイトしていく中枢としての決意が交錯する。それはとても忙しく大変な仕事だが、森島にはそれを可能にするポテンシャルがまだまだ眠っていると思う。これまでのプレーの不完全燃焼感を思えばなおのことで、おそらく彼自身、今は充実感に満ち溢れているに違いない。「次は連勝を目指す。ここで連勝することによって目指すところも変わってくるから」。インテンシティの高さが代名詞の名古屋だが、それを体現しているのは稲垣や和泉、あるいは守備陣だけではない。森島司もまた闘士のひとりであり、今後の名古屋を背負っていく器である。
Reported by 今井雄一朗