
研ぎ澄まされているのではない、と武田洋平は言った。集中しているだけ、と。第33節のC大阪戦、相手のシュートを1本に抑え込んだ前半に2-0とリードして折り返し、1点を返されながら逃げきった一戦は、しかしこの前半の1本のシュートが肝でもあった。序盤の相手の勢いを跳ね除けながら、攻勢に出るもなかなか得点に至らなかった時間帯で、ある意味突発的に生まれたピンチを武田は絶妙なポジショニングと間合いの詰め方でラファエル ハットンの股抜きシュートを脚に当てて防いでみせた。攻め込んでいる時のエアポケット的な失点は試合の流れを大きく傾ける。しかし武田は言うのだ。「なんかギリギリ、“当たった”みたいな感じでした」と。この男、本当に奥ゆかしい。
10年前に名古屋に加入した時から自分を必要以上に着飾らず、むしろ自分では隠れるようにしてGK道を踏みしめてきた、いぶし銀を絵に描いたような男だ。しかしそれにしたってこの佇まいは雄々しく、滋味があって、頼りがいがあって仕方ない。ミッチェル ランゲラックの加入以降は“困った時には武田がいる”という第2GKとしての評価が定着している一方、試合に出れば単なる控え選手の枠を超えたクオリティを見せる。これは、あれだ。彼が大好きな漫画「スラムダンク」で言うところの「武田だ。〇〇がいなけりゃどこでもエース張れる男さ」的なやつだ。武田の名古屋におけるライバルはいつでも代表クラスだった。楢﨑正剛、ランゲラック、シュミット ダニエル。今季は後輩だがすでにA代表経験を持つピサノアレクサンドレ幸冬堀尾まで台頭してきた。強力すぎる競争相手だが、彼らを支え、彼らの不在も支え、そして今は残留争いから抜け出そうとするチームの文字通りの最後の砦として、若いチームの縁の下の力持ちとして仕事を全うしている。

話す言葉は質実剛健としている。どちらかと言うと素っ気ない。それは彼の思考が経験とともにシンプルに収斂されていっているからだと勝手に解釈している。先のC大阪戦のビッグセーブにしても、「そんなに深く考えてなかったけど、(藤井)陽也が届かへんなって思ったから、あそこでシューターに何とか合わせられて良かった。そんな感じです。ギリギリ触れたって感じですよ。『なんか触れた!』みたいな」と淡々としている。やるべきことをきっちりと完遂するのが彼の信条で、決して自分を大きく見せることがない。それはここ4試合で武田とともにリーグ戦でメンバー入りしている杉本大地も証言するところで、観察眼の鋭いこの背番号21は仕事人・武田のプレーを絶賛してやまない。
「前半のあの1本を止めて流れが変わったし、あれを決められていたら試合が終わっちゃっていた。ああいうところを止めるというのはタケさんの強みだと思うし、あれもたまたま止めたわけじゃなくて、正しいポジションにいるから。タケさんはしかも足元の動きが速いんですよ。股を閉めるのも速い。ああいうところを偶然じゃなく止めるのはさすがだなと。あれで試合を決められる選手でいること、そういうところはどんどん吸収していきたいです。でもそういう時にタケさん、いつも言うんです。『引きが強かったわ』とか(笑)。でもそれって、当たったのはたまたまだったとしても、いいポジション取ってるから当たるんですよ。あそこで先に動くとノーチャンスになっちゃうので、ギリギリまで動かないで相手のことを見ている。最終的には『何か当たった』のかもしれないけど、それは“タケさんのセーブ”っすよ」

一番近くで見ている仲間の証言はとても印象深い。それを踏まえてもう一度試合後の武田の言葉を見直すと、ハットンのシュートを止めたプレーはやっぱり「タイミング合わせてとかっていうよりかは、なんかギリギリ当たったみたいな感じ」と謙遜している。チーム最年長の大ベテランだがリーダーを気取るつもりは毛頭なく、湘南戦の前に聞いた時にも「そこは(佐藤)瑶大とか陽也ができる、ちゃんとやれば。自分は何て言うのか、気づいたところを言ってあげて、あとは全体を盛り上げられるように声出してやれれば」と一歩引いた立場を堅持した。そもそも最年長という立場に対しても「『なんやあの人』とはならんような感じではやってる」と控えめ。自分が若手の頃に感じたベテランたちの威厳や武田の表現で言うところの“大御所感”が「齢をとればそうなるわけじゃないから、というのがわかったから」というのがその理由なのかもしれないが、それにしても奥ゆかしすぎると思うのは自分だけだろうか。

ただ、そういう漢が要所を締めてくれるからこそ、カッコいいのも事実である。カッコいいからチームの士気は上がるし、もちろんスタジアムは沸き、酔いしれる。C大阪戦の試合後ミックスゾーン、武田とともに姿を見せた永井謙佑は茶化すように、しかし誇るように大きな声で喧伝した。「今日は武田でしょ! 明日は武田一面でしょ!」。笑いに包まれる取材エリアと、困ったような武田の顔。もちろんすぐさま呼び止めて、話を聞く。今日はあなたのセーブあっての勝利でしたと。だけどやっぱり、武田の心は自賛を避ける。「なんやろ。まあまあ、前半とりあえずゼロでしのげて、前が決めてくれたからよかったです」。それから出てくる言葉は自責の念と仲間への感謝ばかり。とあるシーズン、意気込みをなぜか「大和魂です」と語った男は、“和を以て貴しとなす”精神にあふれているのだ。

「いやまあ鹿島戦であれを、あそこで止められなかったからああなっちゃったっていう印象はちょっとあったから。今日はその後に点を取ってくれたから、まあまあまあ、良かったとは思います。後半のシュートに対してもディフェンスが寄せてくれていたから、ファーのやつとかも防ぎやすかった。全員で守れている感じはあるから、これを続けていければと思います。ただ、やっぱり失点ゼロで終わりたかったし、あのフリーキックは直接で準備しないといけなかったんで、ほんとに要らない失点をしてしまった。チームはそこからちょっとバタバタして危なかったんで、あそこは申し訳なかったと思うし、ちょっとこれは反省して次に活かしたいと思います。ほんとに点取る力はこっちにはあるんで、それも複数点をね。自信もって次もやれればと思う」

楢﨑正剛現GKコーチの座右の銘にして、今や名古屋の守護神にとっての合言葉にもなりつつある“チームを勝たせるGK”だが、武田は結果でそれを示している一方で、積極的に自分でそれを名乗るつもりはないようにも思える。自分は勝利の一部であればいい、チームを支えることができればそれでいい。このチームには勝たせる選手がたくさんいる、その選手たちたちによって勝てる土台を自分が築ければ。ちょっと妄想が激しくなってきたが、熱い漢の“熱さ”とは燃え滾るように発散されるものではなく、内に秘めて揺らめく凛々しさだ。残り10試合を前にして再び巡ってきたスタメンの座で、勝敗を分けるクラッチセーブを連発していることにも泰然自若。「別に特に何も考えてないけどまあ、来たボールに対して止められればいいとは。止められるボールは止められるようにしていきたいです」。あと5試合。残留争いはまさに佳境だが、生き残れる理由のひとつには間違いなく、背番号16の存在感が確固としてある。
Reported by 今井雄一朗