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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:菊地泰智の合理的思考。その奥深さに潜む、サッカーの楽しさ

2025年11月4日(火)


とあることがきっかけで、菊地泰智とはよくサッカー談義をするようになった。もちろん取材機会も時間も限られている中ではフリートーク的に話すことはできないが、ひとつのテーマに沿って質疑応答をしていく中での彼の返答は極めて菊地という選手のサッカー観が色濃く出る。たとえば名古屋の現状の課題のひとつに挙げられる、前線にパスが入ってからの味方の追い越す動きについて。今はどこかFWに収まったら追い越していこうとしているから、勢いが出てこないところもあるように思えるので、パスが入ったら信じて追い越してしまうのもありではないかと聞いてみる。すると菊地は言うのである。「そこは僕はキャラクターだと思っちゃう」と。

「(永井)謙佑さんとかキャスパー(ユンカー)とか、自分で前に行ける選手に対しては、相手は後ろ向きにされたらもう不利だ、みたいな状況になる。そういう選手にはまず行ってもらって、その後ろを頑張ってついていく。たぶんあのスピードは追い越せないし(笑)。これが(木村)勇大とか(山岸)祐也くんなら、うまくその脇にサポートを作りながら、と考えるので。僕はその感じや雰囲気、“誰と一緒なのか”っていうことで考えちゃいますね」

なるほどと首肯。とにかく菊地はいつも考えている。意図のないプレーが存在しないと思えるほどに。それはパスひとつ、ドリブルひとつ、といったプレーを構成する要素についてもそうだし、チームとしてのすべきこと、試合の流れに応じた考え方、戦術はもちろん戦略的な視点でもそうだ。これもたとえば次節に控える柏戦を展望するにしても、押し込まれる=相手の背後にスペースがある、という部分をどう考えるかとした時に、前線の攻め気とゲームコントロールのバランスを大胆にとらえ、私見を述べる。

「FWは『もう前に出せるよ』って状況でも、自分たちのあたりは守備の後だから、攻撃では時間を作りたいからちょっと待って、っていうタイミングとかあると思う。でもそれは極論、点を取っちゃえば休める(笑)、だからそれを究極にして考えるのか、あるいはもう蹴ったならしょうがないから、蹴った選択をしたなら全員で前に行って、次に相手が『うわ、相手の背後しか蹴るとこねえよ』くらいの圧をかけるのかっていうのもあると思う。使い分けとしてはそのあたり。一番は点取っちゃえば休めるってことだけど、難しいところですね。誰か2人が前に行きたいけど、周りは『いやいやいや、ちょっと待ってよ』ってなって、それでボールを失っていたら2人は置き去りになるし、戻れなくて『それは俺たちも戻れないわ』みたいな状況がもったいない。相手からしたら、その2人はゲームに入ってない状態で攻めることができるから。だいたい、そういうのがウチの一番良くない時なんですよ。間延びして、間延びとか言えないくらいに間延びしちゃう。それがすごくもったいない」

それは合理的思考と言い換えることができるのかもしれない。「もったいない」という言葉がそれを強く主張する。こと試合の流れや戦術的な部分をとらえる時、それは時として“サッカーIQ”と表現されるものだ。「ここがこうなるんだから、ここはこうしてしかるべき」。サッカーを良く知っている選手たちはしばしば、そういう考え方をする。スタッフが用意したトレーニングメニューには何かのテーマをクリアしたいがための仕掛けやルールが存在するものだが、こうした選手たちはこの練習メニューという名の“ゲーム”の抜け道をいつでも探っているものだ。もしくは、こうするとこのルールにおいてはアドバンテージが多く得られる、といったようなものでもある。頭の回転の速さが、その場面における最大の利益を得るためにフルで使われると言えばいいだろうか。話が遠回りしたが、菊地にはそういった傾向がふんだんに見られるのだ。これも柏戦の話だが、押し込まれるのは承知の上で、そこからどうやって押し返していくかの方法論において、彼はこんなことを言っている。



「やっぱり一番簡単というか、逆のサイドが一番のスペースとしてあって、敵もいないし、味方もいないかもしれないけどスペースとしては残っているとする。ここを手段として残しておけば、押し返し方が変わってくる。チームが敵陣に向かって真正面に上げていくよりも、斜めに上げていった方が最後のクロスが上がってくるところに対しての角度も準備もできる。それに真っ直ぐ前を向いていると、どうしても自分の死角(斜め後ろを菊地はジェスチャーで示した)になるところができるけど、斜めに上げていくと自分の後ろは(味方がいるとわかるので)捨てていける。しかもこれは少しずつの積み重ねであって、1回やったらこうなるっていうよりも、後半までやり続けて、10回やって、10回目で相手が『めんどくせえな』みたいになればいいもの。若干でもいいから『ここを狙ってるんじゃねえかな』みたいな雰囲気に相手がなるだけでもいいと思う。そこから相手が『もう蹴らせないようにしてくれ』っていう話し合いになるのか、『蹴られるから、そっちのサイドの選手は上がんないでくれ』ってなるか。相手がリアクションになるようなことを増やしていけたら、また違うゲーム運びが見えてくる」

自分たちがアクション側に回って試合をしていくということは、時としてポゼッションサッカーの選択と同義にされがちだが、速攻でもカウンターでも常に狙ってそれが出し続けていけるのであれば、それはリアクションではなくなってくる。自分たちのやりたいことをできるように試合を制御しているのだから、当然である。そして菊地は2列目の、そして自分がゲームメイカーであることを自負しているからこそ、その担い手としての責任を負う覚悟ができている。「いろいろな状況がその瞬間、瞬間で変わるのがサッカー。そこにうまく対応できたらと思います」。8月の頭に練習試合で負傷し、今はようやく復帰後の身体がプレーに馴染んできたところ。それでも長谷川健太監督の菊地への期待度は高く、「マテウスの代役みたいな選手を立てるとなると、『泰智を使う』っていう話になってしまうので」と発言するほど。攻撃をクリエイトする力は誰もが認めるところで、だからこそ指揮官のハードルはかなりの高さに設定されていたりもする。

菊地もそれに応える気概に満ちている。彼の合理的思考にはひとつ明確な基準もあり、それは相手の嫌がることをするべきというもの。永井謙佑や和泉竜司などのベテランもよく口にする言葉で、これがなかなかできるようでできない。“自分たちのサッカーで勝つ”というのはどのチームも狙っていることで、そこに相手との力関係やその試合状況を含めてプレー選択というのは変わる、つまり「状況が瞬間ごとに変わる」わけだが、自分たちを貫こうとすると時にそれが“ごり押し”にもなってしまう。相手が嫌がるとは相手の弱点でもあるのだから、そこは狙っていなくとも突けばいい。その合理的思考を菊地は「もったいない」という言葉で端的に説明する。「相手がきついなって思う時間帯に、自分たちが楽な選択、楽になろうとする選択をしちゃうと、相手からしたらもっと楽になる」。ひとつの真理を胸に秘めているから、彼はいつでも勝負できるポジションにいるし、勝負がかけられる選択肢をもってプレーができる。



もちろん、まだまだミスは多い。「もっと『コイツに預けて大丈夫だ』っていうイメージをもっとみんなにつけなきゃいけない」というのは、“オン”の選手である菊地にとっては永遠のテーマであり、だからこそボールを支配下に置いた時にはその哲学が爆発する。ここには到底書ききれないほどのパスへのこだわりが菊地にはあり、それはキックの質以上に状況判断とのマッチングが重要視されていた。あえて一言に集約するとすれば、彼のこだわりとは「パスって、味方への次のメッセージを持っていて、喋らないでも伝えられるもの」だ。試合全体を俯瞰する眼と、そこから細分化していく各局面の把握と判断、そして最後に自分のプレー選択と、選択したプレーから生まれる次のプレーへの意図。名古屋の背番号33には、これだけのものが詰まっている。

そう思って菊地泰智を見てほしい。彼が顔を上げた時、ひとつフェイントを入れた時、ボールを蹴って動き直した時。もちろんミスだってあるが、その次に何が起こるかが今までの倍、楽しみになると思う。

Reported by 今井雄一朗
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