「どこのポジションでも自分らしくプレーできるのは自分の良さ」
前嶋洋太は、その言葉通り、明治安田J1リーグ第36節・東京ヴェルディ戦で遺憾なく自身の持っている力を発揮した。83分、スタートの右ウイングバックから福岡にやってきて公式戦では初めてボランチへとポジションを移す。
「展開的にもちょっと押し込まれて攻撃がどうという感じではなかったので、まずは守備のところでしっかりと真ん中のスペースを消しながら人に強く行ける時は行かなきゃいけないと思っていました。可もなく不可もなくという感じです」
可もなく不可もなく。いつも謙虚な前嶋はそう謙遜するが、そんなことはない。内に外に瞬時に適切なポジションをとり、様々な選択肢の中から最適なプレーを選択して正確に実行する彼らしく、ボランチでも予測の早さと的確なポジショニングで相手からボールを奪い、正確な足元の技術でしっかりと味方にパスをつなげて攻撃に関わっていく。相手に四方を囲まれ、サイド以上に時間もスペースも制限されやすいポジションであっても慌てることなくプレーし続けた。
前嶋の本職はサイドバック。だが、ウイングバックやストッパー、そしてボランチも左右両サイド遜色なくこなしてしまうサッカーIQの高いポリバレントな選手である。
金明輝監督に「彼は基本的にポジションが変わってもそんなに苦にしないので、オプションというよりは通常運転だと思います」と言わしめ、東京V戦でダブルボランチを組んだ松岡大起が「(前嶋)洋太くんは技術的にすごく上手ですし、距離感もすごく良かったので、すごくやりやすかったですね。一つひとつの(ボール)コントロールの質が高いですし、尚且つ頭も良いので、どこのポジションをやってもできそうな感じはありますよね」と称賛するように様々なポジションでクレバーなプレーを見せ続ける前嶋への周囲の評価は高い。
「チームから求められているプレーだったり、試合の時間帯とか(置かれている状況)に対して、ちゃんと判断してプレーできる選手は他のチームを見ていても良い選手だなと思うし、自分が目立つことだけじゃなくて、人を目立たせることだったり、チームを上手く動かすことができる選手は良い選手だと思います」とクレバーな選手のイメージを口にする前嶋。その能力はどうやって磨かれるのか尋ねた。
「いろいろ経験をさせてもらっているので、自分が経験したこともそうだし、もともと僕はサッカーを見るのが好きなので、そういうのもあるかもしれないですね」
Jリーグはもちろん、海外だとプレミアリーグを見ることが多いと話す前嶋。参考にしている選手は「企業秘密です」と笑顔で煙に巻かれたが、基本的には本職のサイドバックの選手を中心に見ているとのことだ。
そんな彼が自身に課している課題は、個人で相手を剝がすこと。「純粋にドリブルで(相手を)剥がすのもそうだし、3人目(の動き)だったりとか、コンビネーションを作っていければ、より(相手を)簡単に剝がせると思います。そこと僕自身が剥がさなくても周りの選手が剝がしてくれればいいと思っているので、そういう(周りの)選手の長所を活かすようなプレー」を強く意識しながら背番号29はピッチに立っている。
福岡加入4年目。もともと攻撃面に強みを持つ前嶋は、このチームにやってきて守備面でさらに学びを深め、今シーズンは「守備もその強度でやりながら攻撃がどれだけできるか」を追い求めてきた。だが、怪我で離脱を繰り返し、ここまでリーグ戦は、25試合の出場にとどまっている。
「自分たちの仕事はピッチでプレーして初めて評価されると思うので、怪我をしていると評価もされないし、チームに対しても申し訳ない」という思いを持ちつつ、「そこは責任感で頑張りました」と話すように苦しい時期も自らを奮い立たせて、日々やるべきことに注力し、「監督が代わって、スタイルも変わって自分の中の引き出しもだいぶ増えたと思うし、もっともっと成長していける」と手応えを感じる一年でもあった。
取材エリアで前嶋に話を聞かせてもらおうと声を掛けると、隣にいたナッシム ベン カリファが笑顔で茶目っ気たっぷりにボディーガード役となって彼を守ろうとしたり、話を聞いている時にはウェリントンが笑みを浮かべながら彼を驚かせようと背後からいたずらを仕掛けてきたり、様々な選手に可愛がられ、愛されるキャラクターの持ち主。11月30日のガンバ大阪戦は、そんな仲間と一緒に戦える今シーズン最後のホームゲームだ。
「しっかり僕自身もチームとしてもレベルアップして少しでも成長した姿を見せられるようにというところと、今シーズンのホームでの最後の試合なので、いつも勝とうと思っていますけど、よりそこはこだわってやっていかないといけないと思います」
派手なプレーはなくともピッチ上のあらゆるポジションでしっかりと存在感を示す仕事人から目が離せない。
Reported by 武丸善章