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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:去り行く指揮官への主力たちの想い。そして“次”へと進むチームの想い

2025年11月19日(水)


長谷川健太監督の契約満了が発表になって1週間が経った。限られた取材機会のなかではもう何度も見たコメントや内容を刷り直すことになって申し訳ないが、それでも今このタイミングで何かを書こうと思うなら、テーマをここから外すわけにもいかなくなる。4年間の指揮は名古屋グランパスというクラブにとっては驚いたことに史上2番目に長い年月で、それだけの期待感やその期待を裏付ける実績、実際のチーム作りにおける確かな手法をこの名将は持っていたのだと今さらながらに感じている。

契約満了のリリースがあって、翌日の13日は急きょメディア向けに練習が公開された。柏戦の後からチームは次の町田戦まで3週間の中断期間を基本的には非公開にすることを決めており、それは残り2試合への指揮官の必勝の構えともとることができた。通常の練習日には監督とコミュニケーションをとるタイミングは実はあまりなく、あいさつ程度はあってもいわゆる“囲み”や“ぶら下がり”という取材の機会は13日にもなかった。この日の長谷川監督はどこか物静かで、練習中の口数もやや少なかった気がした。百戦錬磨の猛将とて、4年の指揮を経ての別離に寂しさもあったのかもしれない。



練習後に話を聞けた人々も、みんな寂しそうだった。真っ先につかまえたのは、奇しくも練習後に監督と話をしながらクラブハウスに戻ってきた稲垣祥だ。長谷川監督の就任時点ですでに名古屋の顔のひとりとして実績を積み、Jリーグにおいても高い評価を受ける完成された選手だったが、22年以降の稲垣の活躍ぶりを思えばそこにすらまだ伸びしろがあったのだと気づかされる。稲垣は言う。「健太さんがいなかったら、たぶんいま自分はこうやってJ1のピッチで試合に出続けることはできなかった、この年齢で」。12月で34歳になる大ベテランは今季ここまでリーグ戦でフルタイム出場を続け、デュエル勝利数、タックル総数、被ポゼッション時のスプリント数、総走行距離でリーグ1位の数字を叩き出す。なおかつ4つのPK成功を含む9得点はキャリアハイで、数字からは運動量が多くて守備が得意で、得点も稼げるボランチという印象が強くなるが、それ以外にもセントラルMFとしての成長を常に稲垣へと促してきたのが長谷川健太という人だった。「30歳を超えてから伸びていく選手は本物だし、お前ならそれはやれるからな」。最初のシーズンが始まるにあたってかけられた強烈な激励が、稲垣をさらなる高みへと導いた。



クールダウンにたっぷりと走り、呼び止められることがわかっていてわざと一回スルーしてから報道陣の前に姿を見せたキャプテンの和泉竜司は、「この結果という部分は自分たちが招いたものでもあるし、悔しいし、申し訳ない」とまずは試合を戦う選手の責任を口にして、長谷川監督との関係性についてを教えてくれる。今季、和泉はフルタイム出場ではないものの、1試合を除いたリーグ戦全試合に出場し、プレータイムも稲垣に次ぐ数字。複数ポジションをこなしながらのこの成績は紛うことなき指揮官からの信頼の表れで、シーズン初めには監督の口から「今年は竜司と心中する」という言葉も聞かれていたから、有言実行ここにあり。唯一の欠場だったアウェイの新潟戦にしても和泉はチームには帯同しており、当日まで起用できるか否かの判断を待っていたというから相当だ。代役の選手がいないわけではない。本職の2列目ではなくウイングバックで起用される時には決まって「申し訳ない」と伝えられてきた。それでも和泉を使いたい、という絶大なる信頼を受け、和泉はいつでもチームのために走り、闘い、勝利を欲してきた。夏過ぎあたりから、練習時に和泉の太ももにびっしりとテーピングが貼られていることが日常となった。ケガの患部の補強ではなく、ケガ予防のためのものだったが、ずっとギリギリのコンディショニングの中で彼は試合に出続けていた。キャプテンの重責だけではなく、「想いに応えたいと思って1年間やってきた」のだ。

清水社長もまた「身を切るような思いで伝えた」と契約満了のいきさつを話し、昨季のルヴァンカップ優勝を評価しつつ、リーグの優勝争いやACL出場といったクラブの目標と現実の乖離を理由に「総合的に判断した」と語った。GM含めた後任人事はいまだ不明だが、「僕はまた来年もグランパスでやると思うので」と自らの意思を表明した和泉をはじめ大幅な選手の入れ替えは現時点では考えにくく、ボールとゴールを奪いに行くアグレッシブなスタイルを、より有機的に、より結果に結び付けられることを期待できる人事がなされることが予想されるところ。和泉はまた「何が足りなかったのか、僕らだけでなく、フロントやチームも含めてアップデートしていかないと」とも語っており、長谷川体制からの“刷新”というよりも、より良い“更新”が必要なこともまた確か。この点では柏戦の試合後に野上結貴が語った言葉が、何かを示唆しているようで興味深い。



「今年は非常に悔しいシーズンというか、サポーターも今季は何度も選手にそれを言ってくれた。個人的には彼らはとても優しいサポーターたちだなと思うし、もっと言われても全然、僕ら選手たちはしょうがないかなって個人的には思うし、そういうプレーだった。やるのは選手なんですよ。ピッチの中でみんな頑張っているのは頑張ってるんですけど、頑張ってるだけじゃ勝てないんで。そこは選手も選手で、勇気を持ってピッチの中で感じたことから状況を変えられる選手たちが多くなればいいのかなって思う。そういう選手はいるはいるけどね。でも、試合に出ている選手には監督の言っていることを一生懸命やる選手たちが多かったと思う。そのあたりが噛み合わなかったシーズンだなっていうのは思いますけどね」

和泉の言うアップデートの意味はここにもあるような気がする。今季のワーストゲームとして長谷川監督がたびたび話題に挙げる試合にアウェイのG大阪戦があるが、この試合は相手に対する分析の結果、普段よりやや引き気味の構え方から前に出て行こうと目論んだところ、その塩梅が想定したものより引いたものになったせいですさまじく支配され、何もできないうちに負けた。監督は「自分の伝え方が悪かった」と責任を一手に引き受けたが、チームオーダーに頭を支配され、目の前の相手の対策を遂行しているはずが、実際には目の前の相手と戦っていなかったという事実から目を背けてはいけない。準備と戦術とその場の判断、そして決断が自分たちのゲームを形作るのだ。だからこうしてひとりの監督が契約を更新されないとなって、選手たちは自分たちの責任にも言及をする。「結局は結果のところで評価をされて、こういう形になっている。で、その一方で選手としては普通にプレーできているその温度差というかはある。もちろん責任を取ってということでのその3人でも、試合に出続けている一番の当事者としては、力不足だった」。稲垣はとても率直に、素直に、選手の立場からの気持ちを表明する。

泣いても笑っても、とは使い古された表現だが、今の名古屋にはしっくりくるところもある。あとはアウェイとホームの2試合だけが残り、勝敗が何かに影響する部分は少ない。勝てば順位は今より上がるかもしれないし、負けたところでこれ以上下がる場所はない。泣こうが喚こうが、大笑いしようが、その程度しか変わらない。なればこそ、誰かのために戦い、誰かが喜ぶ勝利とサッカーを届けるのが彼らの為すべきことなのだろう。ここ2年ほど、長谷川健太監督は選手たちに対してこう言うようになっていた。「誰かのために戦うことが大きな力を生む」と。熱いサッカーをしよう、アグレッシブに戦おうと言い続けてきた指揮官が、それに代わる選手たちのモチベーションとして用意した言葉だったのだと思う。中断中のJ1リーグは再開すれば1週間で一気に終幕する。この短期間に何を見せられるのか。名将と呼ばれる男と、ビッグクラブと言われるチームは今一度、試されている。

Reported by 今井雄一朗