
FC今治の、J2昇格1年目でのJ1昇格が消滅した夜。DF加藤徹也は宿泊先のホテルのベッドで横になり、ずっと天井を見つめていた。
「部屋にこもったままでした。ひどく疲れていて、もう動きたくなかったんです。いつもだったら疲れを取るためにゆっくり風呂に入ったり、試合前は控えているコーヒーを飲んでくつろぐんですけど、それも面倒くさいというか」
明治安田J2リーグ第36節、今治はアウェイの地でモンテディオ山形に1-2で敗れ、昇格プレーオフ圏内の6位以内に入る可能性がなくなった。
今季30試合目の出場(いずれも先発)となる山形戦で加藤徹は3バックの左に入り、試合開始から積極的にプレー。攻撃にも意欲的で、持ち味を発揮し続けた。
勝ち越し点を奪われたのは79分のことだ。山形MF氣田亮真のシュートを阻もうと、目の前で新井光と近藤高虎が懸命に足を出す。ディフレクションとなったボールが弧を描き、頭上を越えていく。すぐに振り向いて、GK立川小太郎との間合いを測ろうとした瞬間、突如、現れた山形MF寺山翼に反転しながらのボレーシュートをたたき込まれた。
「勝ち越されて、自分たちは2点取らなければならなくなり、その時点で難しくなってしまいました。試合が終わったとき、今シーズンまだ2試合ありますけど、頭の中は『(昇格が)無くなってしまった、終わってしまった』とそればかりで、あまり考えることができませんでした」
だが、ずっと放心状態だったわけではない。現実に引き戻してくれたのは、大切な家族の存在だ。
「試合後のロッカールームで、家族から『お疲れさま』とメッセージが来たんです。家族には本当に支えられていて。いつも試合前日には子どもたちも一緒になって、『明日はがんばってね』という動画が送られてくるし。
山形戦ですべてが終わりなわけじゃないですから。その夜は仙台のホテルに泊まったんですけど、移動のバスの中で『プレーオフ、無理やった』と返信したら、改めて労いのメッセージが来ました。家族のためにやるしかないな、とホテルのベッドに横になったまま、ずっと考えていましたね」
もちろん、大きな悔いが残る。けれども29歳にして初めて踏んだJ2の舞台で、成長を感じているのも紛れもない事実である。
「今季残りの2試合に、悔しさをどれだけぶつけられるか。何より、もっと自分が成長するため、来年につなげるための2試合にしたいんです。家族のためにも」
36節終了時点で、チームは45得点40失点の10位に就けている。1シーズン通してJ2を戦ってきたことで、課題も可能性もクリアになった。
「J3からJ2に上がって痛感するのが、相手の決定力です。少ないチャンスを決め切られてやられることが多々あった。そこが僕たちにははまだ足りないと思います。
それから毎試合のように失点しています。無失点で抑えていれば勝点ゼロを1に、1を3にできた試合もたくさんある。
ですが、数多くチャンスを作れているのは、僕たちがJ2で通用している部分。自信を持って、それを決め切る精度を突き詰めていけばいい」
次節・北海道コンサドーレ札幌戦はホーム、アシックス里山スタジアムでの今季最終戦だ。変わらず熱く、温かく応援してくれる今治サポーターに、ぜひ見てほしいものがある。
「やっぱり僕たちの前からの守備、前に出て行くときの推進力ですね。それから1対1の局面の激しさ。それらは今シーズン、J2でも僕たちが自信を持って出してきたものです。出し切れないと試合はうまくいかないけれど、出せれば今治の力強さが生まれてくる。そこを見せたいです。
今年はホームでなかなか勝てていません。ホーム最終戦でしっかり勝って締めくくりたい。今シーズン、試合に来てくださる方も増えていますが、『また来年、アシさとに来たい』と思ってもらえる試合をする責任が、僕たちにはあります。『そういう試合ができたらいいな』ではなく、しっかりとやる。それが大事です」
山形戦の後、現実に引き戻す出来事が、もう一つあった。17時3分ごろ、三陸沖で発生した地震に伴い、津波警報が発表された。14時3分にキックオフされたゲームが終わり、帰り支度を済ませて、ちょうどチームを乗せたバスがNDソフトスタジアム山形から仙台のホテルに向けて出発しようとしたころのことである。
福島県いわき市出身の加藤徹の中学の卒業式は、2011年3月11日だった。午前中に式が終わり、仲が良かった友人の1人の実家にみんなで集まっていたとき、東日本大震災が起こった。
そこから車で10分くらいのところが海で、あたりみんな津波で流されてしまった。生きていることがどれだけすごいことか。幸せなことか。心の底から実感した。
進学したのは隣県、宮城県仙台市の聖和学園高校で、入学式は約3週間遅れ、高校生活が始まった。周りには家が全壊したという生徒や、親を亡くした生徒がいた。無事に助かった自分が中途半端なことはできない。本当にがんばらないといけない。強く、深く、心に刻んだ。
それから14年が経って、山形から仙台に向かうチームバスの中でスマートフォンを握りしめ、情報を収集し続けていた。
「今年、地震が多いんです。今回は岩手が震源地でしたが、いわきには家族もいるし、とても心配で。
津波のことは、できれば思い出したくない。今でも恐ろしく、鳥肌が立ちます。こうやって話している今も、鳥肌が立っています。
高校は高台にあって仙台の街を見渡せるんですが、入学したとき、海岸沿いは本当に何もない状態でした。今はだいぶ復興していますが。
今でも津波が起きると怖いし、他人事ではいられない。そしてこうして今、サッカーをやれていることがどれだけ幸せなことか」
チームの今季のJ1昇格はなくなった。だからといって、残り2試合を無為に済ませられるはずがない。
「本当に、今だけじゃないんで。僕自身、目標があるし、家族に見せたいものもある。もっと成長したいとシーズンを通して思ったし、まだまだやれる。上を目指してがんばります」
ピッチに立つたびにスイッチが入る。がんばる理由に、リアルが宿る。
Reported by 大中祐二