忘れられない姿がある。2012シーズンのJ1昇格プレーオフ決勝でのことだ。大分トリニータの林丈統が86分、ジェフユナイテッド千葉のGK岡本昌弘の頭上を越えるループシュートを決めた瞬間、その直前に荒田智之に代わってベンチに下がっていた米倉恒貴が思わず両手で頭を抱えた。試合はそのまま1-0で終了。引き分けでもJ1昇格となった千葉だが、敗戦でJ2残留となった。2013シーズンはJ1昇格プレーオフ準決勝で徳島ヴォルティスに1-1で引き分け、レギュレーションによってJ2残留。米倉は2014シーズンにガンバ大阪へ完全移籍した。
その米倉が千葉をJ1へ戻そうと期限付き移籍で復帰したのが2019シーズンの途中だった。2020シーズンには千葉に完全移籍したが、千葉のJ1昇格への道は非常に険しかった。小林慶行監督の就任1年目の2023シーズンには、J1昇格プレーオフ準決勝で東京ヴェルディに1-2の敗戦。第36節終了時点では4位だった2024シーズンは、第37節でV・ファーレン長崎1-2で、そして第38節でモンテディオ山形に0-4で敗れ、連敗によってJ1昇格プレーオフ出場圏外の7位に転落した。
2025シーズンの新体制発表会見が行われた1月6日、筆者はクラブハウスのエントランスで偶然、米倉に会った。
「今シーズンもよろしくお願いします」
そう笑顔で挨拶してくれた米倉だったが、心中は穏やかではなかったはずだ。米倉は2024シーズン終盤に受傷した負傷箇所と戦うところからのスタートだったのだ。
「去年は怪我をして終わってしまって、その怪我が正直、良くなるか分からないという状態でした。それでも今シーズン、チームに必要としてもらってプレーさせていただけるチャンスをもらいました。まずはその怪我を治すところからスタートして、いろいろな治療やトレーニングもあって怪我が良くなったので、それからチームに復帰してプレーできるというところからはもう本当に自分がチームにできることは何でもやろうとしました。普段の言動からちょっとでもチームのプラスになれるようなことがあればと思って、1年間やってきました。もちろんサッカー選手なので試合で結果を出すのがすべてだとは思うんですけど、それ以外にもやれることはやっぱりあるので。本当に細かなところでもちょっとでもチームが良くなるためにということは考えながら、今までやってきています」
その米倉の献身性は小林監督、そして鈴木大輔をはじめ多くの選手が褒めたたえている。
チームに復帰後の米倉はサイドバックではなく、前線でプレーしていた。そして、米倉のプレーを見ていて思うのは、残りの試合時間が少ない中でチャンスに絡む回数の多さだ。
その一例が今シーズンの明治安田J2リーグ第33節の水戸ホーリーホック戦で、90+3分、呉屋大翔のクサビのパスを受けるプレーから森海渡がワンタッチでつなぐと、米倉がクロスバー直撃の決定的なシュート。さらに、90+6分、米倉がスライディングシュートでCKを得ると、これが杉山直宏の土壇場での劇的な決勝ゴールにつながった。
決定的なシュートを打つには、得点に対する嗅覚や的確なポジショニングなど、必要な要素がいくつかあるのだろう。だが、米倉が持つ要素にはそういった技術的なものとは違うものも感じられる。
「もう本当に『気持ち』でしかないですよね。僕はもう『気持ち』の選手なので。自分が使われるタイミングというのは、基本的には点を取りに行かなきゃいけない状況だから、そういう役割を任されるというか期待してもらって出場するわけなので、もう死に物狂いでそれに応えなきゃいけない。そういう『気持ち』ですね。どうにかしてチームの期待に応えたいという『気持ち』だけでプレーしています。『気持ち』以外に語れることはないです(笑)」
第37節終了時点で首位の長崎とは勝点差3、2位の水戸とは勝点差1の千葉は、J1自動昇格、そしてJ2優勝の可能性を残して、最終節のFC今治戦に臨む。
『フクアリの奇跡』を経験した米倉は、逆転でのJ1自動昇格という奇跡が「今年は起きていいタイミングなんじゃないかなと、個人的には思います」と話す。
「慶行さんのもとで3年間、着々と積み上げてきたものがあって、いろいろなものが積み重なって今があるので。そろそろいいんじゃないかなと」
かつて、ある大学サッカー選手が「『奇跡』は起きるものじゃない。自分たちで起こすものなんだ」と言ったことがあった。大差で勝たなければならない試合に勝った時の言葉だ。千葉の場合はもちろん他力ではあるものの、『奇跡』よりも実現の可能性が高いものが目の前にある。
「僕たちは勝つだけの立場なので。上にいるチームはほかのチームの結果を気にしなきゃいけない状態になってしまうけど、僕らはもう本当に勝つだけというところで、いい意味でリラックスして試合に臨めば、いい結果が得られるんじゃないかと思っています」
今こそ千葉の歴史を大きく変える時だ。米倉は献身的に、そしてガムシャラにチームのためにプレーする。
Reported by 赤沼圭子
その米倉が千葉をJ1へ戻そうと期限付き移籍で復帰したのが2019シーズンの途中だった。2020シーズンには千葉に完全移籍したが、千葉のJ1昇格への道は非常に険しかった。小林慶行監督の就任1年目の2023シーズンには、J1昇格プレーオフ準決勝で東京ヴェルディに1-2の敗戦。第36節終了時点では4位だった2024シーズンは、第37節でV・ファーレン長崎1-2で、そして第38節でモンテディオ山形に0-4で敗れ、連敗によってJ1昇格プレーオフ出場圏外の7位に転落した。
2025シーズンの新体制発表会見が行われた1月6日、筆者はクラブハウスのエントランスで偶然、米倉に会った。
「今シーズンもよろしくお願いします」
そう笑顔で挨拶してくれた米倉だったが、心中は穏やかではなかったはずだ。米倉は2024シーズン終盤に受傷した負傷箇所と戦うところからのスタートだったのだ。
「去年は怪我をして終わってしまって、その怪我が正直、良くなるか分からないという状態でした。それでも今シーズン、チームに必要としてもらってプレーさせていただけるチャンスをもらいました。まずはその怪我を治すところからスタートして、いろいろな治療やトレーニングもあって怪我が良くなったので、それからチームに復帰してプレーできるというところからはもう本当に自分がチームにできることは何でもやろうとしました。普段の言動からちょっとでもチームのプラスになれるようなことがあればと思って、1年間やってきました。もちろんサッカー選手なので試合で結果を出すのがすべてだとは思うんですけど、それ以外にもやれることはやっぱりあるので。本当に細かなところでもちょっとでもチームが良くなるためにということは考えながら、今までやってきています」
その米倉の献身性は小林監督、そして鈴木大輔をはじめ多くの選手が褒めたたえている。
チームに復帰後の米倉はサイドバックではなく、前線でプレーしていた。そして、米倉のプレーを見ていて思うのは、残りの試合時間が少ない中でチャンスに絡む回数の多さだ。
その一例が今シーズンの明治安田J2リーグ第33節の水戸ホーリーホック戦で、90+3分、呉屋大翔のクサビのパスを受けるプレーから森海渡がワンタッチでつなぐと、米倉がクロスバー直撃の決定的なシュート。さらに、90+6分、米倉がスライディングシュートでCKを得ると、これが杉山直宏の土壇場での劇的な決勝ゴールにつながった。
決定的なシュートを打つには、得点に対する嗅覚や的確なポジショニングなど、必要な要素がいくつかあるのだろう。だが、米倉が持つ要素にはそういった技術的なものとは違うものも感じられる。
「もう本当に『気持ち』でしかないですよね。僕はもう『気持ち』の選手なので。自分が使われるタイミングというのは、基本的には点を取りに行かなきゃいけない状況だから、そういう役割を任されるというか期待してもらって出場するわけなので、もう死に物狂いでそれに応えなきゃいけない。そういう『気持ち』ですね。どうにかしてチームの期待に応えたいという『気持ち』だけでプレーしています。『気持ち』以外に語れることはないです(笑)」
第37節終了時点で首位の長崎とは勝点差3、2位の水戸とは勝点差1の千葉は、J1自動昇格、そしてJ2優勝の可能性を残して、最終節のFC今治戦に臨む。
『フクアリの奇跡』を経験した米倉は、逆転でのJ1自動昇格という奇跡が「今年は起きていいタイミングなんじゃないかなと、個人的には思います」と話す。
「慶行さんのもとで3年間、着々と積み上げてきたものがあって、いろいろなものが積み重なって今があるので。そろそろいいんじゃないかなと」
かつて、ある大学サッカー選手が「『奇跡』は起きるものじゃない。自分たちで起こすものなんだ」と言ったことがあった。大差で勝たなければならない試合に勝った時の言葉だ。千葉の場合はもちろん他力ではあるものの、『奇跡』よりも実現の可能性が高いものが目の前にある。
「僕たちは勝つだけの立場なので。上にいるチームはほかのチームの結果を気にしなきゃいけない状態になってしまうけど、僕らはもう本当に勝つだけというところで、いい意味でリラックスして試合に臨めば、いい結果が得られるんじゃないかと思っています」
今こそ千葉の歴史を大きく変える時だ。米倉は献身的に、そしてガムシャラにチームのためにプレーする。
Reported by 赤沼圭子