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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:輝きを放つ名古屋の“スペシャル・ワン”。稲垣祥の残した偉大な軌跡

2025年12月2日(火)


「もうすごいね。5分の5? 絶対にそうなんだよなあ」

悔しい敗戦の後だったが、少しだけ稲垣祥の頬が緩んだ瞬間があった。明治安田J1リーグ第37節の町田戦で一矢報いる1得点を決めたその形はペナルティキックで、今季の10得点中5得点がこの形だった。しかし「絶対にそうなんだよなあ」はPKのことではなく、その後ろに見えるもの。実は2025年に稲垣が決めたPKはすべて名古屋のゴール裏サポーターに向かって蹴ったもので、天皇杯ベスト16の東京V戦も“ファミリー”を正面に見て蹴った。その時も「途切れないね」と言っていたが、さすがにここまで続くと「すごいね」と笑うしかなかった。


昨季のJリーグYBCルヴァンカップの決勝トーナメントでファーストキッカーを務めるようになってから、稲垣のPK職人の道は拓かれた。長谷川健太監督は清水でもG大阪でも、FC東京でもPKキッカーを固定してきた過去があり、「必ず職人は作ってきた」と振り返る。しかし名古屋での過去3シーズンでは特に誰かを任命してこなかった中で、ついに今季はスペシャリストを見出したわけである。「祥なら外しても仕方ないと思える」とは相当な信頼感であり、稲垣もまた「俺が健太さんに託してもらってるから」と意気に感じ、FW陣がなかなか得点を奪えない中でも「試合でPKになった時に譲るわけにはいかない」と大きな責任を自ら引き受けて、ネットを5度、6度と揺らしてきた。

名古屋のPK職人についてもう少し触れれば、「いつまでたっても慣れないですよ。慣れないし、緊張してる」と稲垣は謙遜する。しかし緊張感は彼にとってはプレッシャーではなく、自らを引き締め、冷静にしてくれる材料でもあるようだ。「枠に入れようと思って甘いコースに行ったりしそう」と素人の感想を伝えた時、「それが一番止められるパターン」と不敵に笑い、こう言った。

「だからその逆をやればいいんですよ。その気持ちをいかにゼロに近づけられるか。まったくのゼロにはできないと思うけど、極限までそれをなくして、フラットでニュートラルな状態で蹴れるか。もし動かなかったらとか考えたら真ん中には蹴れないけど、そういうのも無くしてよりニュートラルにというのは意識しています」



鋼のようなメンタル、あるいは明鏡止水の心得である。今季のPKはすべて決まったコースに蹴っているわけではなく、左右高低もバラバラ。「いつもヒヤヒヤしながら」なんて絶対に嘘だ。もはや楽しんでいるんじゃないかと思うくらいにPKの安定感が出てきている。まあ、6万人の大観衆を前にしたカップ戦ファイナルのPK戦1本目を蹴っていれば、それ以上に緊張することなどめったにないとは思うのだが。ちなみに9得点目を決めたあと、10得点目はどんな形かと質問すると、「なんでもいいっすよ」と彼は興味なさそうに笑っていた。

稲垣が恐ろしいのはそうした勝敗を左右するPKを5本すべて決めつつ、デュエル王のボランチとしてここまでフルタイム出場を果たし、なおかつもう5本の素晴らしいゴールを沈めてきたことだ。アウェイの湘南戦ではスーパーなボレーを叩き込み、ホームの柏戦でもミドルレンジで目の前にこぼれたボールに左足を振り抜いた。アウェイの京都戦では文字通りの“ボックス・トゥ・ボックス”のランニングでセカンド、いやサードチャンスを仕留め、国立の清水戦では難しい角度のヘディングシュートを流し込んでいる。湘南戦はホームでも驚くべきボレーシュートを叩き込み、これで合計10得点。MFとして記録するだけでも特別な数字に、そもそもはハンタータイプのボランチが到達することは、改めて最大級の賛辞を贈りたい。

思えば6月、すでにこの時点で7得点を決めていた稲垣に得点ランク上位に自分が名を連ねていることについて聞いた時、彼はこんなことを言っていた。

「全然なんか違和感ないっすよ(笑)。むしろそんな周囲の反応の方に違和感は持っていて、別に俺の中ではもっと取れてるわっていう感覚の方が多いので」

稲垣にしてみれば、取っているより外している感覚の方が強く、それでも得点ランクの上位にいることには「逆にこんなもんなんだ」という感想すら抱いていた。ボランチだから守備的、ゴールから遠いから得点チャンスは少ない、というごく一般的な感覚は彼にはなく、それは長谷川監督も「祥は点が取れる場所に何度でも入っていく」と称賛する彼のスペシャリティなのだと思う。面白いのはそれは稲垣のボランチとしての特性から生じたものであり、彼がなぜそこにいられるのかと言えば、いわゆる得点への嗅覚ももちろんのこと、「戻れる自信があるから行く」という無尽蔵のスタミナと強靭なメンタリティがあるからだ。ゲームメーカーではなく、馬車馬のごとく働けるハードワーカーの究極系としての土台があってこそ、得点力のあるボランチという稲垣のプレースタイルは成り立っている。



それもすべては絶え間ない努力の賜物であり、昨季から今季にかけては年齢に応じた調整法にも着手し、「自分の身体との向き合い方をちょっと変えていったところで、コンディションが戻ってきた」という好感触あってのものでもある。2021年にも多くの得点を記録したが、22年、23年はやや低調で、それは足首の負傷を抱えながらという事情もあった。それが回復した24年はコンディショニングも奏功して6得点。そこにPKキッカーという特殊スキルが加わった今季、彼が“化けた”のは必然だったのかもしれない。

改めて11月30日、アウェイでシーズン二桁得点を達成した背番号15はその喜びを「自分の中では大きな大きな10点。もちろんPKも多かったけど、PKを沈めきるっていうのも含めて、自分の中では1つこだわってたポイントではあった」と表現した。7得点目までのペースが良すぎたことや、シーズンを通してのチームの苦戦もあって残り2試合というタイミングとなったことには「そんな簡単ではないので」と困ったように笑い、「いいテンポでずっと行ければいいけど、ましてFWでもないんで、そこは自分じゃどうしようもない」と辛抱の過程を吐露。だが勝負を託されていると同義のPKキッカーとしては、「健太さんの期待に応えられたっていう意味でも嬉しい」と一定の満足感は得られているようだった。これで満足感あるいは達成感がなかったら、ちょっと理想が高すぎる。

FW陣の不振が続く中ではチームの得点力を自分が担う覚悟も彼にはあった。それを考えても稲垣の二桁得点は誇るべき記録だと思う。残留争いを続けてきたチームのボランチという状況を考えても、獅子奮迅とか八面六臂とかそんなありきたりな言葉では表現しきれないほどの貢献度が、今季の稲垣にはある。ホームで迎える今季の最終節でも彼の活躍は勝利に不可欠な要素であり、彼にとってそれはもはやベースにあるもの。辛く厳しい1年をどう締めくくるかといえば、答えはシンプルにしかならない。

「ほんとに何を言っても、僕らはプレーで見せるしかないので。最後はほんとに今年応援してもらった、その恩返しをできるような試合にしたいし、みんなと喜び合えるような試合にしたいし、健太さんを送り出せるような試合にしたい。いろいろなものを背負った試合だと思っているんで、いい試合して勝ちたいですね」

スーパーゴールか、サポーターに向かって蹴るPKか。それとも力強いデュエルや味方を助けるランニングか。もはや稲垣祥はプレーすべてが貢献度につながる選手であり、だからこそ名古屋はここまで粘りきることができた。我々はただその一挙手一投足に目を凝らし、彼のプレーに魅せられればいい。いや、探さなくても勝手に目に留まるはずだ。一番走って、一番守って、一番攻める赤いユニフォームの選手は、きっと背番号15をつけている。

Reported by 今井雄一朗