
「この明るさを見ると、自然と気持ちも前向きになりますね」
1月5日、FC琉球の始動日。練習場で語られた千葉和彦の言葉は、新章の幕開けを静かに告げていた。四季折々の表情を見せる新潟で長い時間を過ごし、沖縄の強い日差しの下で迎えた今年。40歳のベテランDFは、太陽のように晴れやかな表情で新たな挑戦に踏み出している。
北海道・岩見沢市出身の千葉は、オランダでの海外挑戦を経て2005年8月、新潟でプロキャリアをスタートさせた。2012年に移籍した広島ではJ1優勝を3度経験し、名古屋を経て再び新潟へ。通算11年半、オレンジのユニフォームをまとい戦った日々の中で千葉は一人の主力選手という枠を超え、「新潟の太陽」と呼ばれる存在になった。勝利した試合の直後に開演する通称「千葉劇場」は新潟の名物となり、千葉自ら考えたパフォーマンスで「サポーターを楽しませたい」という思いは一貫し、ゆえにチームもひとつにした。
昨年の大晦日、新潟から琉球への完全移籍が発表された。リーグ戦5試合出場にとどまり、J2降格を経験した悔しさが残った昨季。その現実と向き合いながらも、千葉の胸にあったのはクラブとサポーターへの感謝だった。プロとしての原点であり、長い時間をともに歩んできた新潟への思いは今も変わらない。だからこそ、その経験を次の場所で生かしたいという思いが芽生えていた。
新潟で培った経験、背負ってきた責任、そして人を惹きつける太陽のような存在感は、これから琉球で生きていく。
「もう一度、サッカーをプレーさせていただける環境に感謝したい」
琉球が掲げるJ2昇格、そしてJ1への野心。その一翼を担いたいという強い意志が南の島へと導いた。単身沖縄で迎える夜に寂しさはあるというが、「朝の太陽を見れば気持ちは自然と前を向く」と、彼の表情は晴れやかだった。

「琉球は若い選手が多く、ハツラツとしていますね」。これが琉球に対する第一印象。その中で最年長として加わった彼に求められるのは守備力向上だけにとどまらない。
自身の強みとして挙げるのは、守備から攻撃へとつなぐビルドアップ。左右、奥行き、立体的にピッチを捉える視野の広さはJリーグ屈指と評されてきた。ロングボール一本で局面を変える判断力も健在。周囲の選手の構えを見て選択肢を持ち、それを瞬時に使い分ける。
「良いポジションにいる選手を見つけて、活かすことが自分の役割だと思っています」。
ボールを保持し、主導権を握りたい琉球のスタイルにおいて、千葉は重要なピースとなるだろう。そして、オフ・ザ・ピッチでもその存在感は大きい。本人は「最年長という意識はあまりない」と言うが、若手が多いチームにおいて経験値そのものが財産である。
「人間がやるスポーツだから、まず人間を知らないと」
エンターテイナーとしての顔と、プロとしての哲学。その両方がチームに良い循環をもたらしていく。

年齢による体力の変化は感じている。それでも千葉は言う。サッカーには、それ以外の要素がある。経験、判断、覚悟。そして、心の炎。
「通用する限りプレーしたい。試合に出て、勝ちたい」
雪国で太陽と呼ばれた男は今、南の島の太陽の下に立っている。経験という光でチームを照らし、笑顔という熱で人を惹きつけながら。
沖縄の方言で太陽を意味する「てぃーだ」。その光は変わらず明るく照らし続け、島の人々だけでなく訪れる者すべてを魅了し、笑顔を引き出してきた。千葉和彦もまた、新潟で太陽と呼ばれ人々に笑顔を届けてきた。これから千葉が照らすのは琉球の未来と、沖縄の子どもたちの夢である。
FC琉球・千葉和彦の新たな挑戦が始まった。
Reported by 仲本兼進