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【取材ノート:東京V】引退を決断した平智広「選手」へ。戦友・奈良輪雄太コーチからのラストメッセージ

2026年2月12日(木)


高校時代を東京ヴェルディユースで過ごし、2016年から2024年7月まで東京ヴェルディでプレーした平智広選手(前ツエーゲン金沢)が2月4日、現役引退を発表した。2021年、2022年シーズンにキャプテンも務め、2023年には31試合に出場し、ディフェンスリーダーとしてJ1昇格に大きく貢献した。

2013年、当時JFLだったFC町田ゼルビアでプロキャリアをスタートさせ、J3、J2と着々とステージを積み上げてきた。そして東京Vに在籍して9年目の2024年6月2日J1第17節北海道コンサドーレ札幌戦、後半44分からピッチに投入され、悲願の『J1』での出場記録をキャリアの1ページに刻んだ。その後、2024年7月にツエーゲン金沢(J3)に完全移籍したため、記録上はわずか「1試合、1分」だ。だが、その「1」がどれほどの苦悩と不断の努力、熱い想いの結晶であるのか。2018年から6シーズンともにチームメイトとして戦い、2024年にはコーチとして立場を変えた視点で見続けてきた奈良輪雄太コーチが、その価値の大きさや平さんへの想いを語ってくれた。
 
2人は3歳の年の差だ。奈良輪コーチが年上で、平さんは35歳で引退を決断した。2023年限りで奈良輪コーチが引退したことを考えれば、1歳違いのほぼ変わらないタイミングで現役生活の幕を閉じた。

「引退するタイミングというのは人それぞれだと思うので、平の決断のタイミングに対してのコメントは難しい。ただ、僕の感覚的には、自分の中で『もうパフォーマンスのピークは過ぎたな』と思ったら引退するタイミングだと思っていました。なので、平も続けるか引退するか迷った時に、自分の中で『引退するタイミングだ』って判断したんだと思います」

辞めるべきか、続けるべきか。その直接的な相談は受けなかったという。ただ、戦友の動向は常に気にはしており、狭いサッカー界だ。昨季をもって金沢との契約が満了したという情報は知っていた。

「どうするのかな?とは思ってはいました。けど、辞めてからの人生の方が長いですからね。僕の感覚的には、早く辞めた方が次には繋がると思っていて。けど、続けられるのであれば、後悔ないところまでとことんやりきった方がいい。それって、ちょっと矛盾するかもしれないですけどね。けど、あいつの中で、『やりきれた』と思っての決断なのであれば、全然いいんじゃないですかね」

平さんからは、「引退することに決めました」との連絡を受けた。そして、次のような言葉を伝えという。

「僕も引退するタイミングでは、別にサッカー界に残ろうと思っていたわけでもないので、彼の今後について『どうするの?』という気持ちを聞いた上で、自分の場合は、そういう感覚でやめたよってというような話と、『しっかりとやりきったという思いがあるんだったら、どの世界に進んでも必ず次に繋がると思うから、今はしっかりと休めばいいんじゃない』ということは伝えました」

奈良輪コーチにとって、平さんの存在は特別だ。
同コーチが湘南ベルマーレから東京Vへ籍を移したのが2018年。当時を振り返り「つらい時期を共に過ごした仲」だと懐古する。

「2017年にJ2で優勝してJ1昇格を決めた湘南に残っていれば、僕はJ1でプレーできる条件を持っていました。それでもこのクラブに来た理由は、移籍した1年後に自分がJ1でプレーできる可能性が最も高いクラブがヴェルディだと思ったからです。実際、当時のミゲル アンヘル ロティーナ監督のもとでプレーオフ決勝戦まで勝ち抜きながらも、ギリギリのとこで(J1に)いけなくなって。そこから数年は昇格に絡むことすらできず、自分の年齢が徐々に上がってきて、引退も見えてきて、年々『ちょっとJ1でプレーするのは厳しいかな』という心の中の比重がどんどん高くなってきたという時期を、共にしてきたのが平でした。たぶん彼も同じような感覚があったと思います。
もちろん、ここ(ヴェルディ)に来たことは微塵も後悔してないです。けど、J1昇格を果たすまでの4~5年ぐらいは『もし違う選択をしてたらどうなっていたんだろう?』というのは心の底では思っていたことも事実です。そんなことは、僕も彼(平)もあまり口にしないタイプなので、直接話したことはなかったですが、おそらく彼の中でもいろいろ思っていた部分はあったのではないかなと思いますよね」

「結果論ですが」と前置きして、奈良輪コーチは続ける。「正直、J1に昇格しなかったら、僕はもしかたらここでもう少しプレーヤーとして続けていたかもしれないですし、平だって、もしかしたらここに残ってプレーしていたかもしれないじゃないですか。でも、それが結果的に自分、平にとって幸せなのかと言ったら、一言では言えないと思うんですよね。けど、だからこそ、どうなるかわからない未来のために、その瞬間その瞬間、すべてを尽くす行動はしてきたと自分では思っていて。で、彼もそれに近い人間だと思う面では、リスペクトしています」

また、「数少ない」というプライベートでも交流がある選手だった。奈良輪コーチは、自身の性格について「僕はドライの部分あるので、その人と会って、居心地がいいとか、何か吸収できるものがあると思えなければ、その人との時間を作ろうと思わない人間なんですよ。現役の時は、さらにその色が強かった」ときっぱり。「それでも平とは、現役の時からにプライベートでも少しかかわっていたというのは、自分の中でいろいろとリスペクトしていた部分があるのかなと、今、あらためて思いますね」

蛇足だが、2022年シーズンに行ったインタビューで奈良輪から「東京ディズニーランドに家族で行っていたら、たまたま平の家族と遭遇し、両家族一緒にまわったこともありました」とのエピソードを聞いたことを思い出した。

最後に、平さんへのメッセージをお願いすると、奈良輪コーチらしい、クールだが、だからこそその言葉1つ1つに敬意の念が溢れていた。

「僕は、長くプロの世界でやってきて、サッカー選手としての活躍の度合いと人間性とは比例しないと思っています。別に、日本代表選手だから人間性が素晴らしいとは全く思っていないので。けど、一方で、人間性が素晴らしくても結果が出せない選手もいる。だから、そこは関係ないと思ってるんですよ。その中で、平は人間性は素晴らしいと僕は思っているのですが、そのおかげで彼がここまでプレーヤーとしてやってこれたとは思ってない。まぁそれでも、彼に関しては人間性が素晴らしかったらこそ、これだけ長くやれたとも思いたいとは思うんですけど。ちょっと言ってることめちゃくちゃで難しいですけど(笑)
その、サッカー選手とはプライベートであまり関わろうと思わない僕が、数少ないプライベートもかかわるサッカー選手が平という男でした。
一番印象に残っているのは、僕は引退して、平がまだJ1でこのクラブにいた2024年。J1という夢を叶えたにもかかわらず、試合にもなかなか絡めずにいた時の彼の姿がすべてかなと思いますね。シーズン途中に「移籍する」という話を僕にしてくれた時の顔だったり、みんなの前で挨拶してる時の彼の振る舞いだったりを見て、『一緒にやってきてよかったな』と素直に思えたし、『移籍した先でも頑張ってほしい』と心の底から思いましし、『この先引退したあとでも、彼ならいい人生送れるだろうな』と思いました。だから、素直に『お疲れさま』ということと、きっと彼とは特別に連絡取らなくても、また必ずどこかで人生が交わると思うので、『これからもよろしく』という気持ちです」

「ヴェルディでJ1に」の目標に人生の多くの時間と感情を捧げた“ヴェルディっ子”がまた一人、スパイクを脱いだ。その生き様を近くで見守り、ともに歩んだ奈良輪コーチの存在は、平さんにとってもまた、かけがえのない存在だったに違いない。
J1クラブとして戦えている今現在は、決して当たり前の環境ではないことを、僭越ながらあらためて思う。
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