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【取材ノート:東京V】福田湧矢が誰からも愛される理由

2026年6月15日(月)
待望の、初の古巣・パナスタでの凱旋試合で、福田湧矢が輝きを放った。

2026/27シーズンからの「秋春制」移行を前に行われた、リーグ戦とは違う「特別大会」ではあったが、高卒でのプロ入り後7年間を過ごしたガンバ大阪から2025年に東京ヴェルディへ完全移籍してから、公式戦で初めてのパナスタでのプレーとなった。

東西10チームずつに分かれて行われた地域リーグで、東京VはEASTの5位に終わった。最終的にはWEST側の同順位の相手との対戦によって最終順位が決まるレギュレーションの中、数チームが可能性として残っており、G大阪もその1つだった。福田は「ガンバの試合は全部見ている」。そのため、順位も常に把握しており、プレーオフラウンドで対戦できる可能性が見えた頃から「絶対にガンバとやりたい」と口にし続けていた。

そして、迎えた5月30日の「明治安田J1百年構想リーグ プレーオフラウンド 第1戦」。G大阪対東京V。スタメンに選ばれた福田は、ついに移籍1年目の昨季は叶わなかったパナスタへの凱旋を果たすことができたのだった。

前半42分に佐々木翔悟に先制ゴールを決められ、1点ビハイドで迎えた後半。開始直後の47分に福田が左サイドからドリブルで突破を図ると、一度は相手DFに止められたが、そのこぼれ球が後続から走っていた平川怜の足元へ入り、そのリターンボールをピタリと受け、ゴールへ向けて迷わず右足を振った。


試合をドローに持ち込んだ価値あるゴールに、「いやー、よかったです」と東京Vの背番号「14」は笑顔を弾ませたが、その短い「よかったです」に込められた想いの深さは並々ならないものだった。

振り返ると、「古巣対戦」という意味では、移籍1年目の昨季の3月2日明治安田J1第4節、ホーム味の素スタジアムで行われたG大阪戦で経験はしている。だが、その試合は後半開始から出場したものの、84分に脳震盪の疑いでインアウト。悔しさのあまり涙ながらにピッチを後にせざるを得なかったのだった。

そのため、試合後に「相手チームの選手」としてパナスタのG大阪のゴール裏に挨拶に行ったのは今回が初めてだった。

実は、上記の初めての古巣対戦前、「(G大阪のファン・サポーターから)めっちゃブーイングされたらどうします?」と話題になった。その際、福田は満面の笑みで「大丈夫です。僕、愛されてますから!」と茶目っ気たっぷりに話していた。

そして実際、約1年半の時が経ってからパナスタのゴール裏を訪れた福田は、青黒のファン・サポーターから温かい、温かい拍手で迎え入れられた。

その光景を振り返り、福田は感慨深げに話した。

「あらためてすごいスタジアムと思いましたし、ファン・サポーターの熱もやっぱりすごいなと思いました。あそこでやれていた幸せを思い出しました」

福田は、加入して2年目だが、すでに東京Vのファン・サポーターからも非常に人気のある選手だ。その理由は、プレーや普段の立ち居振る舞い、メディアで露出される姿を見ていて大いに納得する。それを考えれば、7年もの時間を過ごしたG大阪でいかに愛された選手だったか、想像はたやすい。ただ、自分から「愛されてるんで」と言える自信はどこからきているのだろうか?

「その分、僕が愛してるっていうのがあるんじゃないですかね。たぶん、僕が『ガンバが大好き』とか、ファン・サポーターへの感謝とかが全面に出ているんだと思います」

すべて合点がいった。

福田がなぜこんなにも早く、新天地でも愛される選手なのか。

「僕、特にあんまり人を嫌わないので。多分そこからじゃないですかね。仮にいたとしたら、そういう人とは話さない。だって疲れるから。ただ、ほぼいないですよ。

自分が好意を向けたら、向こうも多少なりとは返してくれると思っています」

これこそが、「福田湧矢」が誰からも愛されるゆえんなのである。

それほどまでに愛し、愛されてきたクラブを自ら離れる決断をした理由をあらためて訊いた。

「相当な迷いはありました。それでも、怪我がずっと続いてたのもあって、環境を変えなければなと。プロサッカー選手として試合出なければ、もうこのまま終わってしまいそうな気もしましたし。

そして何よりも、(G大阪U-23時代の監督だった)森下仁志さん(現東京Vヘッドコーチ)がいたというのが、自分がヴェルディに決めた1番の決め手になりました」

移籍は「正解だった」と背番号「14」は即答する。

「城福浩監督からも仁志さんからもビシバシ鍛えられているのがすごく自分にプラスになっています。怪我も減りましたしね」

再会したことで、恩師・森下コーチと出会った頃のつらかった自分を思い出した。

「仁志さんは常に向かい合ってくれる。決して見捨てない。僕がG大阪の2年目の時に仁志さんが来たのですが、その年、僕も含め6人だけキャンプに行けず、大阪に残されたんですよ。その中に、食野亮太郎(G大阪)もいて。そこで仁志さんが本当に意味わからないぐらいきつい練習メニューで、死ぬほど怒られたんです。2部練した後に試合をするんですよ。2部練、試合、2部練、試合みたいな。

その中で、最初は全然ダメだったんですが、仁志さんはずっと向かい合ってくれました。その結果、5ヶ月後ぐらいからトップの試合に出れるようになったんですよ。キャンプにすら行けなかった僕らが。食野なんて、半年後にマンチェスター・シティに行ってましたからね。あのとき、サッカー選手として死にかけていた自分を救ってくれたのが仁志さんだった。弱音を吐けないタイプだった自分が、仁志さんには吐けました。今でも本当に感謝しかないですね」

その時に繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返したたき込まれた「常に謙虚にひたむきにやり続けろ」という言葉が、今でも福田の人生の中で最も大切にしているモットーだ。

もう1つ、成長し、主力として試合に出られるようになればなるほどその言葉の重みを噛みしめ始めているのが「こなしたら終わるぞ」ということだ。

「『言われなくなったら終わり』とよく言われるように、そこそこ試合に出られるようになったりすると、日々の練習1つにしても『こなしてる』に感じられてしまう時があって。そういう時は、必ず仁志さんから指摘されます。『こなしたら終わるぞ』って」

そうした、「常に謙虚にひたむきに」や「毎日100%の力を出し切る」という姿勢を意識した日々の積み重ねこそが、「古巣との対戦」など、自身の思い入れも注目度も高まる大一番でゴールを決めるなどの「勝負運」を引き寄せるのではないだろうか。

「大事」だと思える一戦で、「結果」という形で感謝や成長を証明できる要因を福田本人に問うと、「日頃の行ないですかね」と、またもや笑い声とともに返ってきた。

「かといって、特別に心がけているということはないですけど。あえて言うなら、『当たり前のことを当たり前以上にすること』ですかね。それは、準備とかもそうですし、僕、対戦相手の試合めっちゃ見るんで。ガンバに限っては全部見ていますけど、通常は次の試合相手の試合は5試合ぐらい見ますし、絶対に似たようなフォーメーションのチームの試合とかも5、6試合は見ます。

あとは、目の前にゴミが落ちていたら拾うのは当たり前にやっていますし、トイレ掃除など、家の水回りは常に綺麗にしています」

そんな、「当たり前のことを当たり前以上にする」という福田にとっては何気ない行動だったに違いない。前述のパナスタでのG大阪戦。ゴール裏へ歩いて向かう福田の身には、緑の「11」のユニフォームが纏われていた。2025年に同じくG大阪から東京Vへ完全移籍した山見大登の背番号だ(山見は前年の2024年に期限付き移籍で東京V加入し、2025年に完全移籍という形)。

その山見は、昨年6月末に練習中に右膝前十字靭帯を断裂。治療とリハビリを経て今季復帰を果たし、貴重な「ゲームチェンジャー」役として9試合出場、1得点を挙げていたが、今年4月の練習試合中に、今度は逆の左膝前十字断裂の大けがを再び負うという苦難に直面し、再起へ向けて励んでいる真っ最中だ。

「(ゴール裏に)行くなら、あいつ(山見)の想いも背負ってじゃないですけど、(山見のユニフォームを着て挨拶に行くことを)決めていました。言うまでもなく、本人が1番辛いんですよね。それなのに、あいつはいつも笑顔でいるから。僕もたくさんたくさん怪我をしてきたので、めちゃくちゃ辛いのはわかっているんですけど、ああやって変わらず、いつもニコニコしていられるって、本当にすごいなって思うんです」

そんな同級生FWへ毎日抱く心からのリスペクトと、山見の古巣G大阪のファン・サポーターへの感謝を代弁したいと考えての表現だった。

しばしのオフを経て、8月開幕となる2026/27シーズンのスタートを迎える。

「ようやく状態が上がってきていましたし、オフはほぼ休まないと思います。

今年は怪我もちょくちょくあったので、来季はもっとゴールやアシスト数を増やせたらなと思っています」

在籍2年目にして、これほどまでに東京Vのファン・サポーターから愛されているのは、福田もまた、同じぐらい東京Vのファン・サポーターへ想いを馳せているからだ。

互いの「謙虚に、ひたむきに」の日々の積み重ねこそ、より深い相思相愛関係を築いていくはずだ。

Reported by 上岡真里江