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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:チームのために、自分の力を注ぎこむ。生粋のサッカー小僧に感じる爽快感

2022年10月20日(木)


先ごろ現役引退を表明した中村俊輔はよく“サッカー小僧”と言われていたが、この男もまた突き抜けてサッカー小僧だと思う。無邪気で純粋にサッカーと向き合うからこそ、成功も失敗も同じように表れる。負けた試合の後には誰よりも悔しい表情をして現れ、勝った試合は底抜けに笑顔だ。喜怒哀楽は激しく、しかし頭の回転が速いから躍るようにコメントがあふれ出てくる。良い時も悪い時も、森下龍矢はサッカーをプレーし、語る。こんな面白い選手はなかなかいない。

大卒1年目で鳥栖の主力となり、その実績を買われて名古屋へ。当時のフィッカデンティ監督からは鳥栖でプレーしたサイドバックでも、大学時代に名を馳せたウイングバックでもなく、サイドハーフとしての重用を受けたが、「そこはスイッチを切り替えるだけ」と要求の意図を理解し聡明に、かつアグレッシブに戦った。多くのことを学んで迎えた名古屋での2年目は開幕当初こそ右サイドバックのポジション争いの一員だったが、チームの3バック変更後は不動の右ウイングバックとしてここまでリーグ30試合出場と実績を積み重ねている。2列目でもプレーできる攻撃力とサイドを上下動できる運動量、守備の強度も悪くない。しかしより攻撃の方にスタイルの比重がある選手だけに、彼は3バック変更に恩恵を受けた一人とも言えるだろう。見た目には微妙な違いであっても、サイドハーフより、サイドバックより、ウイングバックが彼には適性があるように思う。



ただし課題はまだまだ多い。1対1の守備、軽率なファウルとイエローカード、そしてクロス。「この1年間クロスを練習してきて、かなり背後を取って中にクロスを供給できるという部分までは行けている」と改善も感じているが、その数がどれだけのアシストにつながっているかと言えばやはり物足りない。鳥栖の頃はカットインからのシュートも彼の武器だったが、名古屋はサイドを割るのが基本のところがあり、やはりウイングバックに求められるのは突破とクロスだ。少し前にサッカースクールの子どもたちに聞かれ、「味方に合わせるのではなく、スペースに蹴り込むこと」がクロスのコツだと答えていたが、なかなかその場面に出会えないのは前線の選手たちとの連係がまだ足りていないところもあるか。逆サイドの相馬勇紀とともに、突破力のあるサイドを携える名古屋における悩みどころが、この部分にあることは間違いなく、森下もまたその課題に取り組む一人であるのも間違いない。

ただし、森下の欲はそれだけにはとどまらない。「クロスを上げられるところまで行っているんだけど、もし中の条件が揃っていないならば、シフトチェンジして自分がゴールを奪いに行く、そういう力も重要だと思っている」ともう一歩先を見据えて鍛錬するのが昨今だという。これは難題だ。クロスを上げられる場所とは、必ずしもシュートに好都合なスペースとは限らない。常識的に考えればサイドの深い位置がクロスを上げる場所で、それはつまり「やっぱり角度のないところからシュートを打っていくというのは難しい」と森下も自覚する。しかし最高にポジティブな思考の持ち主は続けて言うのだ。「でも手に入れたらかなりの価値になる」。ウイングバックのポジショニングの中で、点を取る方法を自分に付け加える。難易度は言うほど低くないが、だからと言ってチームよりも自分を優先することはない。課題は自分に求めるが、解決をチームに求めないのは、彼の美学でもあるように思う。



それは名古屋へ移籍してきた意味にも通じるところがある。昨季の冒頭、新体制発表会の後に行われたオンライン会見で森下は移籍の決断についてこう語っていたのだ。

「僕の良さを生かした戦術というのを鳥栖では展開していただいていたので、それは成功して当たり前の環境でした。でもこれからオリンピックや海外とかに行く中で、チームの戦術に自分が合わせていくということも必要になるんじゃないかなって。今回、いろいろなクラブからオファーがありましたけど、やっぱり名古屋は昨年1年間で貫いてきた戦術があって、そこに自分がどれだけアジャストして、プラスアルファを出していけるかというのを、自分のサッカー人生における成長だと思って、今回の移籍を決断しました」

言い方を変えれば、自分の力量をもってチームの力になるという強い信念が彼にはある。求められることに応え、そこにできる限りの自分の持ち味を表現する。だからか、1-1の引き分けに終えるも内容に乏しかった前節の京都戦では猛省の念が強く、試合後はひたすら自分を責めていた。「主観的に見ても客観的に見ても僕が足を引っ張っていたのは明確」。この試合、その前の横浜FM戦でやり込められた悔しさをバネに、「自分の中で本当に点取りたいとか、前に行きたいという気持ちがあまりにも強くなりすぎて」と、我が出すぎていたこともあったのは、まさしく彼の反省するポイントに合致したのだろう。言うなれば主義主張に反することを、荒ぶる気持ちが上回った。それが良い方向に転べばまだしも、厳しい内容の起点になってしまったと感じてしまった。「本当に今までで一番最悪のパフォーマンスだった」とは、心からの反省だったのだろうと険しい表情からも読み取れた。



だが、サッカー小僧はこんなことではへこたれない。過去にも挫折は何度もあり、それを乗り越えてきたメンタルがあったから今の状況がある。クロスが課題だとずっと取り組み続け、それだけに留まらずサッカーの研鑽を積んでチームの力になってきた。ホームの川崎戦では藤井陽也のロングパスに何度も縦に抜け出しチャンスをつくり、「ぼく、ベルカンプみたいなトラップしてましたね」と満面の笑みを浮かべていた。浮き沈み、一喜一憂はない方がいいのがプロの世界だが、森下にはそうなってほしくないと思うのはなぜだろうか。調子に乗ることもあれば、猛省することもある。サッカーで感情を上下させる男は見ていて何とも楽しい。彼のような元気印であれば、なおのことだ。最近結婚を発表したが、生活環境は良い意味で変わっていないと笑う。

「かなり向こうも気を遣ってくれていて、思いやりをもって僕が変なストレスを感じないようにしてくれている。サッカーに思いきり打ち込めるのは幸せですね」。

結婚しても、サッカー小僧はサッカー小僧のまま。森下龍矢はどこまでも純粋に自分のサッカー道を突き進む。

Reported by 今井雄一朗