「百年構想リーグをわれわれが一番うまく利用しながらやっていると思います」と槙野智章監督が誇らしく語るように、さまざまな面で斬新かつ前向きなチャレンジを続けながら着実にチーム力を伸ばし、結果にもつなげ始めている今季の藤枝MYFC。
その中でも注目すべき進化ポイントのひとつに、走力の向上がある。
一口に走力と言っても、スピード、スプリント回数、持久力などさまざまな要素があるが、槙野体制ではそのどれもが向上しており、昨年までとの違いでとくに目立つのは、試合終盤まで選手たちの足が残っていることだ。前節の岐阜戦でも、そのスプリント力を生かしてアディショナルタイムのカウンターから多くの選手がペナルティエリア内までなだれ込んだことでPKを獲得し、劇的な逆転勝利につなげた。
そうした成長の立役者の1人になっているのが、槙野監督に招聘された秋本真吾スプリントコーチだ。
それもきっかけとなって、2012年に30歳で現役を退いてスプリントコーチに転身。この分野のフロンティアとして経験やノウハウを積み重ねながらサッカー、野球、ラグビー、アメフトなど多くのプロスポーツ選手の走力強化に寄与してきた。
サッカー界では、故郷・福島県のいわきFCで2022年から4年間スプリントコーチを務めてチームの躍進に貢献したことで知られるが、それ以前にも個別に多くのJリーガーを指導してきた。その中の1人に、当時まだ日本代表に定着しきれていなかった現役時代の槙野智章がいる。
ワールドカップ出場を見据えて、海外の一流選手と渡り合っていくためには走力やアジリティの強化が欠かせないと考えていた槙野は、プレシーズンの自主トレなどに秋本コーチを招いて、約10年間にわたってトレーニングを受け続けた。それによって自身の動きが向上したことを実感し、2018年のロシアワールドカップで初出場してひとつ夢を叶えた。一緒にトレーニングしていた浦和のチームメイト・宇賀神友弥も代表に初選出され、2人とも「(代表に入れたのは)秋本さんのおかげです」と感謝していたという。
だからこそ槙野は、今年藤枝MYFCの監督に就任し、初めてプロクラブを率いることが決まった際にすぐさま秋本に声をかけ、スプリントコーチとしてチーム作りに参加してもらうことを要請した。秋本自身はV・ファーレン長崎のスプリントコーチを務めることが決まっていたが、本人の強い希望もあって藤枝と兼任することが決まり、週1〜2回のペースで藤枝のトレーニングに参加している。
スプリントコーチを起用する狙いについて槙野監督は「走り方やスプリント力というところは、フィジカルコーチには教えられない部分もあります。足を速くするだけでなく、高く跳べる、ケガをしにくい体にするという面もあるし、今年はうちの選手が試合中に足をつることが非常に少なくなっていると思います。僕自身も現役時代にそれを実感しましたし、どんな外国籍選手に対しても1対1で対応できるような足のステップ、運び方、身体の使い方というところでも、秋本さんと出会ってから勉強してトレーニングして間違いなく変化があったので、それを今選手たちに伝えているところです」と説明する。
秋本コーチは「基本的な僕の役目というのは、まず走る速度を上げること、90分間最後まで走り切れるようにすることがあります。その中で大事になるのは、たくさん走らせることより、まずは正しいフォームで走ることだと僕は考えています。サッカー選手も野球選手もたくさん見てきましたが、みんな自己流で走っているんですよね。そこの形を直していくことで、スムーズにスピードが出せるとか、ケガが減るとか、足がつらなくなるという効果が出て、結果的に90分走り切ることにもつながります。サッカーで強いボールを蹴るのにもフォームが大事だと思いますが、それと同じですよね」と言う。
また、縦方向の動きが主体の陸上競技と違って、サッカーでは横の動きやステップも重要になるが、その意味でも槙野監督らとトレーニングしてきた経験は生きている。
「最初は縦の動きのことしか頭になかったですが、槙野さんや宇賀神さんとトレーニングしていたときに、横の動きに応用するためのメニューとかレシピを一緒に考えてくれていたんですよ。僕が『これどう思いますか』と言ったときに『これだとあまりサッカーの動きにないかな』、『じゃあこうしてみましょう』みたいな感じでやってきました。今も、僕が試合を見て良かったシーンを切り取って、あの練習がこのシーンで生きてるんですよとか、もっとこうできますよねとかイメージをすり合わせながら、コーチ陣ともディスカッションしながらやれているので、僕の中でもサッカーに応用できる練習のハウツーやノウハウはどんどん蓄積されている感触があります」(秋本)
「もちろん効率良く走れるフォームも大事ですし、選手たちが歯を食いしばって走る瞬間というのはあまりないほうが良いんですよ。それが試合で出るとガソリンを使い過ぎてしまうというか、体力の配分がうまくいかないんですよね。燃費の良い車に乗っていても運転の仕方が下手だったらガソリンはどんどん減っていくじゃないですか。もちろんエンジンや燃料タンクを大きくするトレーニングもするんですけど、乗り方を上手にすることも大事で、そのバランスも同時に鍛えている感じですね。選手1人1人と話していても、自分の身体をうまく運転することを意識できるようになってきて、そんなに頑張らなくてもスピードが出るようになっていることを感じているようです」(秋本)
選手たちに話を聞いても、確実に成果が出ていることで、より前向きに、意識高く取り組めていることが伝わってくる。
「どれだけ楽に走れるか、キツくなってきたときにどういう気持ちや姿勢で走るかというのは、意外と試合中もリラックスしてできています。良いか悪いかわからないですが、カウンター食らったときも『あ、ハードル、ハードル』と思いながら走ったりとか(笑)(20〜30cmぐらいのハードルを越えながら走るトレーニングをよく行なっている)。トレーニングはキツいですけど、終盤でも足が出るようになったことは実感できているのでポジティブにやれています」(森侑里)
もちろん純粋に足が速くなるという面でも「自分も間違いなく去年よりタイムが上がっているんですけど、周りもみんな速くなっているから結局チーム内では遅いほうなんですよね(苦笑)」(杉田真彦)と全員に成果が出ている。
秋本コーチは、体力だけでなく技術や考え方の重要性を伝えるために、どのスポーツでもトレーニング前に座学から入るという。競技の特性に応じた資料を準備し、「足が速くなるってどういうことなのかという原理原則をまず理解してもらうために、映像も見せながらどうやって速くなっていくのか、最後まで走れるようになるかということを事前に選手に伝えて、それを頭に入れながらトレーニングしてもらっています」(秋本)という部分も意識の高さにつながっている。
「槙野さんの現役時代に毎年走りだけのキャンプを一緒にやっていたんですが、そこで夜に映像を使ってミーティングをするんですよ。そこで彼はいつもサッカーノートをつけていたんですけど、そのノートを見せてもらったら戦術についてもすごく詳しく書かれていて。僕はそれが意外で、なぜですかと聞いたら『オレ将来監督になりたいんですよ』と当時から言っていて、同時に『監督になったら絶対呼ぶから』と言われました。そこから月日が流れて彼がプロライセンスを取り始めたのも聞いていたんですが、ライセンスを取ってもそんなに早く監督になれないだろうと僕は思っていたんですよ。それが今年こういう形になって、僕にも即オファーをくれて、本当にびっくりしました。彼の有限実行力というか、夢を引き寄せる力というのは本当にすごいと思いますし、僕自身も絶対一緒にやりたいと思いました。今も槙野さんの熱量はより大きくなっていると感じるので、一緒にやってて本当にやりやすいですし、やりがいがあります」(秋本)
秋本コーチは、スプリントコーチを養成・普及する活動にも注力し、「SPRINT COACH PROJECT」を主催。それもあって、いわきFCのほうは育ててきた後輩に任せて一度チームを離れたが、それは槙野監督のオファーとは関係なく、偶然タイミングが一致したことだった。それを聞いても、2人の運命的な縁の強さを感じざるをえない。
現代サッカーでは選手のアスリート化が日に日に進んでいる中、スプリントコーチの重要性は今後ますます注目されていくだろう。それを早くから予見していた2人のタッグが今度どのような成果と結果を見せてくれるのか、長期的な視点でもぜひ注目してほしい。
Reported by 前島芳雄
その中でも注目すべき進化ポイントのひとつに、走力の向上がある。
一口に走力と言っても、スピード、スプリント回数、持久力などさまざまな要素があるが、槙野体制ではそのどれもが向上しており、昨年までとの違いでとくに目立つのは、試合終盤まで選手たちの足が残っていることだ。前節の岐阜戦でも、そのスプリント力を生かしてアディショナルタイムのカウンターから多くの選手がペナルティエリア内までなだれ込んだことでPKを獲得し、劇的な逆転勝利につなげた。
そうした成長の立役者の1人になっているのが、槙野監督に招聘された秋本真吾スプリントコーチだ。
「簡単に速くなっちゃうんだと感じて」
陸上競技で100〜400m走、110〜400mハードルとさまざまな種目で実績を残してきた秋本コーチ。その現役時代に、縁あってプロ野球選手の走法指導に携わる機会があった。その際、参加した選手たちの30m走のタイムが短時間で一斉に上がり、「簡単に速くなっちゃうんだって思ったんですよ。僕らは100分の1秒を縮めるので必死で、その大変さを知ってるだけに、ちょっとやっただけでみんな速くなって……これは可能性あるかもと思いました」と振り返る。それもきっかけとなって、2012年に30歳で現役を退いてスプリントコーチに転身。この分野のフロンティアとして経験やノウハウを積み重ねながらサッカー、野球、ラグビー、アメフトなど多くのプロスポーツ選手の走力強化に寄与してきた。
サッカー界では、故郷・福島県のいわきFCで2022年から4年間スプリントコーチを務めてチームの躍進に貢献したことで知られるが、それ以前にも個別に多くのJリーガーを指導してきた。その中の1人に、当時まだ日本代表に定着しきれていなかった現役時代の槙野智章がいる。
ワールドカップ出場を見据えて、海外の一流選手と渡り合っていくためには走力やアジリティの強化が欠かせないと考えていた槙野は、プレシーズンの自主トレなどに秋本コーチを招いて、約10年間にわたってトレーニングを受け続けた。それによって自身の動きが向上したことを実感し、2018年のロシアワールドカップで初出場してひとつ夢を叶えた。一緒にトレーニングしていた浦和のチームメイト・宇賀神友弥も代表に初選出され、2人とも「(代表に入れたのは)秋本さんのおかげです」と感謝していたという。
だからこそ槙野は、今年藤枝MYFCの監督に就任し、初めてプロクラブを率いることが決まった際にすぐさま秋本に声をかけ、スプリントコーチとしてチーム作りに参加してもらうことを要請した。秋本自身はV・ファーレン長崎のスプリントコーチを務めることが決まっていたが、本人の強い希望もあって藤枝と兼任することが決まり、週1〜2回のペースで藤枝のトレーニングに参加している。
「たくさん走らせることより、まずは正しいフォームで走ることが」
そうして今季の始動時から秋本式のトレーニングを取り入れた藤枝MYFCは、チーム全体でスプリント数やトップスピードが向上するなどデータ的にも明らかな成果が出始めている。スプリントコーチを起用する狙いについて槙野監督は「走り方やスプリント力というところは、フィジカルコーチには教えられない部分もあります。足を速くするだけでなく、高く跳べる、ケガをしにくい体にするという面もあるし、今年はうちの選手が試合中に足をつることが非常に少なくなっていると思います。僕自身も現役時代にそれを実感しましたし、どんな外国籍選手に対しても1対1で対応できるような足のステップ、運び方、身体の使い方というところでも、秋本さんと出会ってから勉強してトレーニングして間違いなく変化があったので、それを今選手たちに伝えているところです」と説明する。
秋本コーチは「基本的な僕の役目というのは、まず走る速度を上げること、90分間最後まで走り切れるようにすることがあります。その中で大事になるのは、たくさん走らせることより、まずは正しいフォームで走ることだと僕は考えています。サッカー選手も野球選手もたくさん見てきましたが、みんな自己流で走っているんですよね。そこの形を直していくことで、スムーズにスピードが出せるとか、ケガが減るとか、足がつらなくなるという効果が出て、結果的に90分走り切ることにもつながります。サッカーで強いボールを蹴るのにもフォームが大事だと思いますが、それと同じですよね」と言う。
また、縦方向の動きが主体の陸上競技と違って、サッカーでは横の動きやステップも重要になるが、その意味でも槙野監督らとトレーニングしてきた経験は生きている。
「最初は縦の動きのことしか頭になかったですが、槙野さんや宇賀神さんとトレーニングしていたときに、横の動きに応用するためのメニューとかレシピを一緒に考えてくれていたんですよ。僕が『これどう思いますか』と言ったときに『これだとあまりサッカーの動きにないかな』、『じゃあこうしてみましょう』みたいな感じでやってきました。今も、僕が試合を見て良かったシーンを切り取って、あの練習がこのシーンで生きてるんですよとか、もっとこうできますよねとかイメージをすり合わせながら、コーチ陣ともディスカッションしながらやれているので、僕の中でもサッカーに応用できる練習のハウツーやノウハウはどんどん蓄積されている感触があります」(秋本)
速く走るための原理原則も理解して
試合終盤まで走力が落ちないことについては、体力だけの問題ではないと秋本コーチは補足する。「もちろん効率良く走れるフォームも大事ですし、選手たちが歯を食いしばって走る瞬間というのはあまりないほうが良いんですよ。それが試合で出るとガソリンを使い過ぎてしまうというか、体力の配分がうまくいかないんですよね。燃費の良い車に乗っていても運転の仕方が下手だったらガソリンはどんどん減っていくじゃないですか。もちろんエンジンや燃料タンクを大きくするトレーニングもするんですけど、乗り方を上手にすることも大事で、そのバランスも同時に鍛えている感じですね。選手1人1人と話していても、自分の身体をうまく運転することを意識できるようになってきて、そんなに頑張らなくてもスピードが出るようになっていることを感じているようです」(秋本)
選手たちに話を聞いても、確実に成果が出ていることで、より前向きに、意識高く取り組めていることが伝わってくる。
「どれだけ楽に走れるか、キツくなってきたときにどういう気持ちや姿勢で走るかというのは、意外と試合中もリラックスしてできています。良いか悪いかわからないですが、カウンター食らったときも『あ、ハードル、ハードル』と思いながら走ったりとか(笑)(20〜30cmぐらいのハードルを越えながら走るトレーニングをよく行なっている)。トレーニングはキツいですけど、終盤でも足が出るようになったことは実感できているのでポジティブにやれています」(森侑里)
もちろん純粋に足が速くなるという面でも「自分も間違いなく去年よりタイムが上がっているんですけど、周りもみんな速くなっているから結局チーム内では遅いほうなんですよね(苦笑)」(杉田真彦)と全員に成果が出ている。
秋本コーチは、体力だけでなく技術や考え方の重要性を伝えるために、どのスポーツでもトレーニング前に座学から入るという。競技の特性に応じた資料を準備し、「足が速くなるってどういうことなのかという原理原則をまず理解してもらうために、映像も見せながらどうやって速くなっていくのか、最後まで走れるようになるかということを事前に選手に伝えて、それを頭に入れながらトレーニングしてもらっています」(秋本)という部分も意識の高さにつながっている。
「夢を引き寄せる力が本当にすごいなと」
そんな秋本コーチは、槙野監督との信頼関係について印象的なエピソードを教えてくれた。「槙野さんの現役時代に毎年走りだけのキャンプを一緒にやっていたんですが、そこで夜に映像を使ってミーティングをするんですよ。そこで彼はいつもサッカーノートをつけていたんですけど、そのノートを見せてもらったら戦術についてもすごく詳しく書かれていて。僕はそれが意外で、なぜですかと聞いたら『オレ将来監督になりたいんですよ』と当時から言っていて、同時に『監督になったら絶対呼ぶから』と言われました。そこから月日が流れて彼がプロライセンスを取り始めたのも聞いていたんですが、ライセンスを取ってもそんなに早く監督になれないだろうと僕は思っていたんですよ。それが今年こういう形になって、僕にも即オファーをくれて、本当にびっくりしました。彼の有限実行力というか、夢を引き寄せる力というのは本当にすごいと思いますし、僕自身も絶対一緒にやりたいと思いました。今も槙野さんの熱量はより大きくなっていると感じるので、一緒にやってて本当にやりやすいですし、やりがいがあります」(秋本)
秋本コーチは、スプリントコーチを養成・普及する活動にも注力し、「SPRINT COACH PROJECT」を主催。それもあって、いわきFCのほうは育ててきた後輩に任せて一度チームを離れたが、それは槙野監督のオファーとは関係なく、偶然タイミングが一致したことだった。それを聞いても、2人の運命的な縁の強さを感じざるをえない。
現代サッカーでは選手のアスリート化が日に日に進んでいる中、スプリントコーチの重要性は今後ますます注目されていくだろう。それを早くから予見していた2人のタッグが今度どのような成果と結果を見せてくれるのか、長期的な視点でもぜひ注目してほしい。
Reported by 前島芳雄