Js LINK - Japan Sports LINK

Js LINKニュース

【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:背番号3から漂う“大人の余裕”。佐藤瑶大の泰然自若。

2026年6月1日(月)


良い感じに、味のある選手になってきた。
土壇場で2-2の引き分けに持ち込んだ町田とのプレーオフラウンド 第1戦を終えて、佐藤瑶大は「久々にちょっと自分を甘やかして、褒めようかなと。よく90分やりきったねって」と言って穏やかに笑った。

マッチアップするエリキとのスピード勝負に四苦八苦し、自分の間合いでかわされて冷や汗をかいた。
失点にも絡んでしまったし、守備陣としても二度のリードを奪われる展開には反省点も多い。
だが、佐藤はめげないし、落ち込みもしないし、すべてを許容した上でその結果をも受け入れる。
「キツかったけど、チャレンジだったので。しょうがないかなって」。名古屋に移籍してきた当初を思えば、このメンタリティは彼の成長そのものだと言える。

変化の兆しは見せていたが、それでも昨年の佐藤はまだ若かった。
「もうプロ5年目っすから」とガツガツしたところを表に出さずに矢印はあくまで自分へ、と自らを律してはいたが、物怖じしない性格からか、チームに対する要求は激しく強くなることもしばしば。
「そのことでちょっと永井さんと言い合いにもなったんですけど」とこぼすこともあった。

今季で大卒6年目のキャリアだが、向上心と功名心があれば地位や立場や結果は出したい年齢ではある。
その貪欲さは若さゆえの清々しさにあふれている一方で、有言実行の“実行”の部分を強く問われる諸刃の剣でもあった。
要求するからには自分のプレーでそれに見合うものを見せなければ、それは口先だけになってしまう。あるいはそうやって自らを追い込み、駆り立てていたのかもしれないが、それゆえの危うさも同時に感じていた。ちなみに永井との言い合いの件だが、大ベテランからすれば「あんなの言い合いなんてものでもないよ」と言われていた。
佐藤の主張は永井にとっては“若いな”ぐらいのものだったということだ。それ自体は悪いことではないのだが。



そういったこともありつつ駆け抜けた2025シーズンに佐藤は27試合で5得点を挙げ、11得点の稲垣祥に次ぐチーム2番目のスコアラーになった。
出場数的にもキャリアで初のスタメン、主力の座を勝ち取った1年となり、「ちょっと考え方が大人になったかな」と自分でも自らの変化に気づく1年にできた。「誰かのプレーがいい意味でどうでもよくなって、自分にフォーカスできるようになった。“全員が自分のライバルだ”と思ってたけど、『この選手を良くしてあげたい』と思うことの方が多くなった」という自己分析は、移籍2年目で早くも2人目の監督となった現ペトロヴィッチ監督体制においても日々の取り組み方を安定させる何よりのバックボーンとなったはずだ。
昨年、ニキビが吹き出がちだった彼の顔は今年はとてもつるんとして健康的だ。
「考え方が変わって楽になって、減りました(笑)。いい力の抜き方を覚えたんだと思います」。
それはこの半年間の適応と、アクシデントからの復活にも強く彼の背中を押す原動力となった。

4月1日のトレーニングでのことだ。8対8のミニゲームを行なっている時に事故は起きた。
ルーズボールの処理で味方と接触して倒れ込んだ佐藤は一度はプレーに戻ったが、やはりプレー続行は不可能となり、結果的には救急車で運ばれる事態に。
診断結果は左眼窩底骨折で、3ヵ所が折れたと佐藤は言った。
1週間ほどでトレーニングは再開したがもちろん対人プレーはできず、パスコンのような接触の危険のないものだけに参加する日々。練習に部分的に戻ったのはフェイスガードが完成した3週間後を待たなければならなかったが、このアクシデントに対して佐藤はとても落ち着いていて、顔を合わすたびににっこりと笑って挨拶をしてくれた。人の感情は声によく表れるというが、「お大事に」「ありがとうございます」、このやり取りだけでも彼が心からその言葉を発していることはわかった。形式的な返事としての、社交辞令としての「ありがとうございます」ではなく、とても耳ざわりのいい返答は、逆に佐藤という選手の強さを感じさせた。

同時に、フェイスガードをつけて対人プレーも解禁になった佐藤には覚悟も据わっていた。
実際、せっかくオーダーメイドで作ったプロテクターも着用したのはこの日1日のみで、以降の練習では使うことがなかった。「これをつけていても当たる時は当たるし、折れる時は折れる。もう気にしないでやって、“その時”はもう運命を受け入れます(笑)」と少し茶化したが、笑顔だったからこそ決心のほどはうかがえた。
この時点で骨折自体は完治していない。痛み自体はないと言っていたが、本当のところはわからない。
「怖いすけど、やるしかない。俺からヘディング取っちゃったら何もないんで」と言うからやっぱり痛みはあったのかもしれない。その1週間後にはがっつりヘディングもするようになり、その3日後にはアウェイの長崎戦に途中出場した。
フルターンオーバーの一員として帯同しただけでなく、1点を守る試合終盤に投入され、身体を張ってゴールを守った。
使う指揮官も相当なものだが、そこで臆さずシュートブロックに飛び込むのだから、佐藤も大概である。



話がだいぶ遠回りしたが、そんなこんなを経て味わい深い選手となった佐藤は百年構想リーグ終盤になって試合メンバーに復活し、C大阪戦の1-6という惨敗をピッチで経験し、プレーオフを前に今度はスタメン出場のチャンスが巡ってきた。
町田との第1戦への準備の週では主力組の3バックの候補4人にまずは入り、最初は内田宅哉と右のセンターバックを争うかと思いきや、ペトロヴィッチ監督が「お前は左右のどちらがやりやすいんだ?」と聞かれ「左をやりたいです」と即答。これにより左に入る予定だった野上結貴が右で内田と交代しながら練習をすることになり、左のスタメンとして佐藤が選ばれる流れができた。
その前日の練習ではBチームとして非常に激しい対人プレーを披露していたことから、良いアピールができている印象もあったが、最後の最後になって頼りにされる存在になれたことには、本人は決して言わないが嬉しい気持ちもあっただろう。
「試合当日までメンバーはわからないんで何も期待はしてないけど、出た時の準備はできている」と言いつつ、「自分が試合に出るなら死ぬ気で守ってやろうかなって。この2試合で“10”(C大阪戦、広島戦での合計失点数)が“0”になったら面白いじゃないですか」とも意気込んだ。
そうした前段があっての町田戦は、2-2だった。

「僕は必死にやるだけだったです、マジで。もう、きついなーと思いながらずっとやってました(笑)。でもエリキを潰してしまえば町田の攻撃はなかったと思う。そこを潰せる時もあって、抜かれた時もあった。町田はEASTの3位で、個の能力が高い選手が揃っている中で、久々に90分やりきれたのは、僕には大きかったですね。結果として負けなかったのも僕にとってはすごいプラスで、首の皮1枚、自分のパフォーマンス的にはつながったのかなと思います。良いか悪いかは別として、結果として引き分けというのは。正直にいえば、慣れていけばこのスタイルの中でも自分はできると思うんですけど、そこに慣れるまでに使い続けられるかどうかって、使われた最初の1試合がすごく大事なので。今日のパフォーマンスが良かったかって言われたら、僕はそんなことは思わないですけど、がむしゃらにやりました。もちろん考えながらではありますけど。今の試合勘と試合体力を考慮した中で今日の僕がやれることはやったし、最後の方は足が動かなくても足を伸ばせるところは伸ばした。1失点目はセットプレーで僕が早く下がりすぎちゃった部分はありますけど…」

と、少し感情を溜めてから、「ま…久々にちょっと自分を甘やかして、褒めようかなと。よく90分やりきったねって」と笑ったのだった。やりきったのだ。それで負けなかったのだから、安堵もした。勝っていたらべた褒めだったのかもしれない。
大人になった今の佐藤だったら、それぐらいは照れもせずにやりそうだ。試合後にミックスゾーンで話している間、ずっとカバンとケータリングのおそらくそうめんの入ったカップを同じ手に持っていた佐藤は、ちょっと持ち替えようとしてめんつゆを高そうなカバンにかけてしまった。
「め、めんつゆが…」。すぐさま手ぬぐいで拭いてあげると「あぁ、すみませぇん」とまるで子どもの悪さを謝る親のような恐縮した表情をする。
こういった飾らないやり取りひとつとっても、何とも魅力的な人間になってきたなと思う。普段から建設的に、そして饒舌にサッカーのことを話す男だが、今の佐藤には心の余裕があって懐が深く感じられるようになった。
それはもちろん1年前よりも、という意味ではあるが、とりわけセンターバックというポジションにおいては、その成長は進化と呼んでも差し支えない、大きな意味を持つ。



この特別大会も残すところ1試合で、全体の5位か6位かをその勝敗に問う戦いが待っている。2失点はしたものの、1-6、2-4と大敗続きだった連敗を止めた部分は評価されるべきで、負傷者続きのチーム事情を鑑みても、佐藤は次戦もスタメンが有力視されるところではある。もともとは右や真ん中のプレーヤーだったが、名古屋移籍後に経験した左サイドの視界は良好で、今はむしろ左サイドが自分の職場だと認識するほど。「勝負したいのは左。右足カットインの対角も蹴れるし、縦も刺せるし、もともと左足も蹴れる。クロスの球種はまだまだ練習が足りないけど、練習すればそれなりにもなる」。
この半年間で最も固定できなかったポジションは実は左センターバックだったが、それを意識してかしないでか、佐藤はこの位置に自分を賭けている。
週末に待つ今季の最終戦はいわば追試で、第1戦の前に「自分が入って守れるなら今後も使われていくし、そこでまた失点を重ねたら『別に瑶大じゃなくていいよね』となる」と話していた佐藤の、試合後の感想はこうだった。

「僕はセットプレーで点を取れるので、監督もそこを話したら理解はしてくれていた。次はそこのところでももっとアピールできたらなというところ。あとは6→4→2で失点は減ったので(苦笑)、そこをポジティブに捉えるしかないというか。失点しましたけど、これはもうポジティブに捉えるしかない。あと1試合で終わってしまうので、次こそは無失点で終わる。無失点で終わって試合に勝って、良い形でシーズンを終われればなと思います。最後は本当に、“終わり良ければ全て良し”だと思う。そして最後に報われるように、また1週間準備したいなと思います」

そう締めくくった佐藤の言葉には嫌味がまったくなかった。
言い訳がましくもなく、ただただ素直な心地よさが吹き抜けた。
もちろん今でも言葉の端々にはギラギラした“自信家の佐藤瑶大”が見え隠れすることもある。ただそれを表現する器のキャパシティが大きくなっているから、けれんみがない。
相手よりも多く得点をすれば勝てる、というのが大雑把にとらえたミシャ式の神髄だが、「でも4点も6点も取られたらきついじゃないですか」と正論も心に刻む。「そこで人を替えて守れるならそれでいいんだから」と言って、佐藤は「死ぬ気で守ってやろうかなって」と続けたのだ。34度の過酷なゲームで、エリキという強敵に食らいついた佐藤は間違いなく死ぬ気で守っていた。結果をどうとらえるかは観た人それぞれの認識に任せるが、佐藤がそこに何ら影響されないことはこれまで長々と書いたところである。
6失点、4失点、2失点、がここ3試合の失点数である。2点ずつ減っていますね。ここはあえて詳細を語らず、ヨーロッパの監督がよく使うフレーズを最後に置いておく。

結果はさあ、試合を見てみようじゃないか!

Reported by 今井雄一朗