
この秋、2人の清水エスパルスOBがサッカーとはまったく縁のない仕事――しかも2人とも同じ職種で活躍していることを知り、彼らと会って話を聞く機会があった。そこで今回はいつもと趣向を変えて、現役選手ではなく元オレンジ戦士たちのセカンドキャリアについて書いてみたい。
その2人とは、今年現役を引退した六反勇治と、清水ユースから初めてトップ昇格した世代の1人・平松康平だ。どちらも「放課後等デイサービス」(障害のある小1から高3までの子どもたちが平日の放課後や休日を過ごすことができる福祉施設)を運営している。
彼らがなぜその仕事に至ったのか、そこでプロサッカー選手としての経験が生きているのか。今回はまず六反勇治に話を絞り、将来を見据えた彼の想いについてお伝えする。
現役中から副業でのスタートを目指して
元日本代表GKの六反は、2006年に熊本国府高校を卒業してアビスパ福岡に加入し、エスパルスでは2017年から3年間ゴールマウスを守るなど7つのクラブでプレー。昨年は静岡に戻って藤枝MYFCに加わり、シーズンが終わったところで20年間の現役生活にピリオドを打った。その時点で38歳だったが、実力的には誰が見てもまだまだやれるレベルを維持していた。だが「Jリーグのレベルでサッカーはできるだろうけど、自分の基準に達しなくなったと感じました」という想いが、決断の主な理由となった。彼のサッカー人生については1月の本コラムでも紹介したので詳しくはそちらを読んでほしいが、その記事で語られていなかった事実がひとつある。
それは、昨年の現役中から今の放課後等デイサービスを開業する準備を進めていたことだ。こうした施設を始めるには当然行政への申請と認可が必要になり、それには時間がかかるからだ。ただ、その時点で引退を決めていたわけではなく、今年も現役としてプレーを続けた場合でも資格を持つ人に日常の運営を任せ、自分もできる範囲で手伝いながら開業することを考えていたという。
その認可も無事に下りて、4月に静岡市内の小鹿地区で放課後等デイサービス「シャイニング」をオープンした。引退して時間ができたことで自らも精力的に準備を進め、開業後も子どもたちのケアや送迎などを積極的に務め、自身も専門職の資格取得を目指している。
DAZNの解説やスポーツ番組への出演などメディアでの仕事も並行しているため、一般的にはそちらがメインのような印象もあるかもしれないが、本業はあくまでシャイニングの運営だ。家族は子どもたちの学校もあるので今まで通り横浜で生活しているが、六反自身は静岡で過ごす時間のほうが圧倒的に長くなっている。

生きづらい子たちと保護者の手伝いを
では、なぜサッカーとは無関係の放課後等デイサービスを始めることにしたのだろうか。「現役時代から引退後の仕事を考えていたときに、サッカーの指導をするよりも、子育てとか教育に関わることをやっていきたいという気持ちがありました。だから、引退を発表した後もいくつかのチームからコーチとしての誘いをいただいたんですが、すべてお断りさせてもらいました。将来的な一番の目標は、幼稚園・小学校の一貫校を作ることなんですが、その第一歩として選手をやりながらやれる事業を考えたときに、放課後等デイサービスという選択肢があって、まずはそこから始めて勉強していこうと考えました」(六反)
学校を設立するという壮大なビジョンを持っていることにも驚かされるが、そこに至る一歩目としてなぜ障害者教育の分野だったのかという点も聞いてみた。
「シャイニングに通う子たちは発達特性のある子が多いんですが、そのうち半数近くが学校では特別支援学級ではなく通常学級に入っているので、生きづらさを感じやすいと思うんですよ。学力的には通常クラスでもやっていけるけど、友達との関係づくりが少し難しかったり、ある特定のことだけがすごく苦手だったりして、そこがなかなか理解されにくいんですよね。だから、そういう子たちの手助けをしたり、安心して過ごせる居場所を作ったりすることは社会的にも大きな課題だと思います。静岡でもそういう施設は足りてないですし、保護者への支援という意味でも必要性の高い仕事だと思いました。教育という意味ではそこまで大きな違いはないですし、僕自身も実際に始めてみて勉強になることはすごく多いです」(六反)

「認めてあげることと、自立を促すこと」
最後に、すべての原点となった教育に携わりたいと考えた経緯についても聞いてみた。「まず両親が教育者(教員)というのは少なからず影響はあると思いますし、現役時代は仙台から沖縄まで日本のいろんな地域で生活して、日本人に生まれて良かったなというのはすごく感じていました。日本人のおもてなしの精神とか思いやりとか、海外に旅行に行っても違いをすごく感じますし、それを子どもたちに伝えて、彼らがより良い日本の社会を作っていくという意味では、やっぱり教育が一番重要だなと。サッカーも子どもたちが人間的に成長していく環境としてすごく良いものだと思いますが、プロを目指すというところに特化しすぎると、その価値も少し落ちてしまうのかなと感じています。そういう中で、自分がサッカーを通して培ってきたものを青少年育成の分野で生かせればなという思いもあります」(六反)
彼は4人の子を持つ子だくさんパパでもあるが、これまで自分の子どもに対しても、サッカーの後輩にも、シャイニングに通う子たちにも、すべて同じ意識で接しているという。
「まずは彼らを認めてあげることと、自立を促すことですね。年齢を重ねてくると、これが正解だよなというのが見えてくることもあるんですが、それを先に伝えてしまわないように気をつけています。まずはどうするの?と投げかけて、自分がちょっと違うなと思っても妨げないで、その子がどう歩んでいくのかを見守る。そこから彼らが得たものを認めてあげると、必ずその子の力になると思います」(六反)
そうした忙しくも充実した日々を送りながら、将来的なビジョンについてもアップデートを繰り返している。
「この放課後等デイサービスに関わっていく中で、本当に必要なものがどういうものなのか、世の中の状況や子どもたちの状況、保護者の状況をもっと見ていけば、必要なことややるべき支援も必ず見えてくると思うので、そこに向かってやっていきたいと今は思っています」(六反)
ここから彼の事業がどう変化・拡大していくのか、サッカー界から派生するマンパワーという意味でも本当に楽しみでしかない。来週は、引き続き平松康平のケースについて紹介したい。
Reported by 前島芳雄